・・・まだ、それでも、一階、二階、はッはッ肩で息ながら上るうちには、芝居の桟敷裏を折曲げて、縦に突立てたように――芸妓の温習にして見れば、――客の中なり、楽屋うちなり、裙模様を着けた草、櫛さした木の葉の二枚三枚は、廊下へちらちらとこぼれて来よう。・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ と、水浸しの丸太のような、脚気の足を、襖の破れ桟に、ぶくぶくと掛けている。 と主人が、尻で尺蠖虫をして、足をまた突張って、 その挙げた足を、どしんと、お雪さんの肩に乗せて、柔かな細頸をしめた時です。(ああ、ひも・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 雪がそのままの待女郎になって、手を取って導くようで、まんじ巴の中空を渡る橋は、さながらに玉の桟橋かと思われました。 人間は増長します。――積雪のために汽車が留って難儀をすると言えば――旅籠は取らないで、すぐにお米さんの許へ、そうだ・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・目の下の汀なる枯蘆に、縦横に霜を置いたのが、天心の月に咲いた青い珊瑚珠のように見えて、その中から、瑪瑙の桟に似て、長く水面を遥に渡るのは別館の長廊下で、棟に欄干を繞した月の色と、露の光をうけるための台のような建ものが、中空にも立てば、水にも・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・日短かな暮方に、寒い縁側の戸を引いて――震災後のたてつけのくるいのため、しまりがつかない――竹の心張棒を構おうとして、柱と戸の桟に、かッと極め、極めはずした不思議のはずみに、太い竹が篠のようにびしゃっと撓って、右の手の指を二本打みしゃいだ。・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ただし、開いていた、その黒い戸の、裏桟に、白いものが一条、うねうねと伝っている。」「…………」「どこからか、細目に灯が透くのかしら?……その端の、ふわりと薄うすひらったい処へ、指が立って、白く刎ねて、動いたと思うと、すッと扉が閉った・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・はなれ家の座敷があって、廊下が桟のように覗かれる。そのあたりからもみじ葉越しに、駒鳥の囀るような、芸妓らしい女の声がしたのであったが―― 入交って、歯を染めた、陰気な大年増が襖際へ来て、瓶掛に炭を継いで、茶道具を揃えて銀瓶を掛けた。そこ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・障子の桟にはべたッと埃がへばりつき、天井には蜘蛛の巣がいくつも、押入れには汚れ物がいっぱいあった。……お君が嫁いだ後、金助は手伝い婆さんを雇って家の中を任せていたのだが、選りによって婆さんは腰が曲り、耳も遠かった。「このたびはえらい御不・・・ 織田作之助 「雨」
・・・流れに渡したる掛橋は、小柴の上に黒木を連ねて、おぼつかなげに藤蔓をからみつけたり。橋を渡れば山を切り開きて、わざとならず落しかけたる小滝あり。杣の入るべき方とばかり、わずかに荊棘の露を払うて、ありのままにしつらいたる路を登り行けば、松と楓樹・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 彼等は、腹癒せに戸棚に下駄を投げつけたり、障子の桟を武骨な手でへし折ったりした。この秋から、初めて、十六で働きにやって来た、京吉という若者は、部屋の隅で、目をこすって、鼻をすゝり上げていた。彼の母親は寡婦で、唯一人、村で息子を待ってい・・・ 黒島伝治 「豚群」
出典:青空文庫