・・・彼は五年近く父の心に背いて家には寄りつかなかったから、今までの成り行きがどうなっているか皆目見当がつかなかったのだ。この場になって、その間の父の苦心というものを考えてみないではなかった。父がこうして北海道の山の中に大きな農場を持とうと思い立・・・ 有島武郎 「親子」
・・・フォルテブラッチョ家との婚約を父が承諾した時でも、クララは一応辞退しただけで、跡は成行きにまかせていた。彼女の心はそんな事には止ってはいなかった。唯心を籠めて浄い心身を基督に献じる機ばかりを窺っていたのだ。その中に十六歳の秋が来て、フランシ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・いかなる詭弁も拒むことのできない事実の成り行きがそのあるべき道筋を辿りはじめたからだ。国家の権威も学問の威光もこれを遮り停めることはできないだろう。在来の生活様式がこの事実によってどれほどの混乱に陥ろうとも、それだといって、当然現わるべくし・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・「いや、それは僕は、作家という立場からして、この会の成立ちとか成行きとかいうことには関係しないけれど、しかしたんに出版屋という立場から考えたなら、無名であって同時に貧乏な人間を歓迎しないということは、むしろ当然じゃないか……」「まあ・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・木村が好んで出さないのでもない、ただ彼自身の成り行きが、そうなるように私には思われます。樋口も同じ事で、木村もついに「あの時分」の人となってしまいました。 先夜鷹見の宅で、樋口の事を話した時、鷹見が突然、「樋口は何を勉強していたのか・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・貴嬢はわが願いを入れ、忍びて事の成り行きを見ざるべからず、しかも貴嬢、事の落着は遠くもあるまじ、次を見候え。――手荒く窓を開きぬ。地平線上は灰色の雲重なりて夕闇をこめたり。そよ吹く風に霧雨舞い込みてわが面を払えば何となく秋の心地せらる、ただ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 既成教団の迫害が生ずるのはいうまでもない成行きであった。また鎌倉政庁の耳目を聳動させたのももとよりのことであった。 法華経を広める者には必ず三類の怨敵が起こって、「遠離於塔寺」「悪口罵言」「刀杖瓦石」の難に会うべしという予言は、そ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・堺利彦は、「非常のこととは感じないで、なんだか自然の成り行きのように思われる」といってきた。小泉三申は、「幸徳もあれでよいのだと話している」といってきた。どんなに絶望しているだろうと思った老いた母さえ、すぐに「かかる成り行きについては、かね・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 甚だ妙な成り行きであった。やがて二人の用事はすんだが、私が現金支払いの窓口で手渡された札束は、何の事は無い、たったいま爺さんの入金した札束そのものであったので、なんだかひどく爺さんにすまないような気がした。 そうしてそれを或る人に・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・ 私はそのような成行きに対して、極度におびえていた。私がもしサロン的なお上品の家庭生活を獲得したならば、それは明らかに誰かを裏切った事になると考えていた。私は、いやらしいくらいに小心な債務家のようなものであった。 私は私の家庭生活を・・・ 太宰治 「十五年間」
出典:青空文庫