・・・ そのころ私は女難の戒めをまるで忘れたのではありませんが、何を申すにも山里のことですから、若い者が二三人集まればすぐ娘の評判でございます。小学校の同僚もなんぞと言えばどこの娘は別嬪だとか、あの娘にはもう色があるとか、そんな噂をするのは平・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・田舎の長兄から、月々充分の金を送ってもらっていたのだが、ばかな二人は、贅沢を戒め合っていながらも、月末には必ず質屋へ一品二品を持運んで行かなければならなかった。とうとう六年目に、Hとわかれた。私には、蒲団と、机と、電気スタンドと、行李一つだ・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・亡父の遺品である。着て歩くと裾がさらさらして、いい気持だ。この着物を着て、遊びに出掛けると、不思議に必ず雨が降るのである。亡父の戒めかも知れない。洪水にさえ見舞われた。一度は、南伊豆。もう一度は、富士吉田で、私は大水に遭い多少の難儀をした。・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・蜂の毒の恐ろしい事を学んだ長子等は何も知らない幼い子にいろんな事を云って警めたりおどしたりした。自分は子供の時に蜂を怒らせて耳たぶを刺され、さんしちの葉をもんですりつけた事を想い出したりした。あの時分はアンモニア水を塗るというような事は誰も・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・目のいろいろの規則は和声学上の規則と類似したもので、陪音の調和問題から付け心の不即不離の要求が生じ、楽章としての運動の変化を求めるために打ち越しが顧慮され去り嫌い差合の法式が定められ、人情の句の継続が戒められる。放逸乱雑を引きしめるために月・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 私は科学の学生がただいたずらにL軸の上にのみ進む事を戒めたく思うと同時に、また科学教育に従事する権威者があまりにSK面の中にのみ学生を拘束して、L軸の方向に飛翔せんとする翼を盲目的に切断せざらん事を切望するものである。 最後に私は・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・京町には素見客の影も跡を絶ち、角町には夜を警めの鉄棒の音も聞える。里の市が流して行く笛の音が長く尻を引いて、張店にもやや雑談の途断れる時分となッた。廊下には上草履の音がさびれ、台の物の遺骸を今室の外へ出している所もある。遥かの三階からは・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・要するに僕等は初対面の人を看る時先入主をなす僻見に捉えられないように自ら戒めている。殊に世人から売笑婦として卑しめられている斯くの如き職業の女に対しては、たとえ品性上の欠点が目に見えても、それには必由来があるだろうと、僕等は同情を以て之を見・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・京町には素見客の影も跡を絶ち、角町には夜を警めの鉄棒の音も聞える。里の市が流して行く笛の音が長く尻を引いて、張店にもやや雑談の途断れる時分となッた。 廊下には上草履の音がさびれ、台の物の遺骸を今室の外へ出しているところもある。はるかの三・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・是れも所謂言葉の采配、又売物の掛直同様にして、斯くまでに厳しく警めたらば少しは注意する者もあらんなど、浅墓なる教訓なれば夫れまでのことなれども、真実真面目に古礼を守らしめんとするに於ては、唯表向の儀式のみに止まりて裏面に却て大なる不都合を生・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫