・・・甲府の妻の里では、父も母も亡くなり、姉たちは嫁ぎ、一ばん下の子は男で、それが戸主になっているのだが、その二、三年前に大学を出てすぐ海軍へ行き、いま甲府の家に残っている者は、その男の子のすぐ上の姉で、私の妻のすぐの妹という具合いになっている二・・・ 太宰治 「薄明」
・・・何がこの人生において合理的な生きかたであるかというようなことを心持の上でわからせて戸主気質から少しでも解放してやりたいこと。妹に真の自立性というものを教えて、勝気のために却って歪む自尊心の負傷を少くしてやりたいこと。咲が自分の亭主に対しても・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・民法が戸主の権利を縮小したからといって住宅難で若夫婦が父兄の家の一隅を借りていなければならないとき、資本主義社会で育ってきた人々の心持の中は、金銭問題や、義理がからんで、実際の封建的な家長の気分はのけられません。住宅問題は、政府の空手形の標・・・ 宮本百合子 「今度の選挙と婦人」
・・・市民税を納めることに、勤労市民の一人としての誇りを感じようとする心は、上級学校への道の封鎖や戸主であるなしの問題、その他の現実を思いめぐらしたとき、前途に洋々たる展望を描き出すことの困難さに当惑するであろうと思われる。青年に期待するというの・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・日本の民主化が言われはじめた時、青年達は自分の家庭の生活を顧みて、日本の家族制度が動かすことの出来ない段々のように一家の中に刻みつけている戸主、長男、次男、三男の身分の違いを何と思ったろう。戦争や戦災で家を失い、又は夫を失って、実家へ子供を・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・親、戸主の権威が不幸の原因とさえなっていた結婚というものは、当事者である男女の互の意志によってとりきめられ、互の協力によって維持されるべきものとなろうとしている。憲法で、男女同等の基本的人権が認められるようになった。それに準じて変更される民・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・又、日本の従来の如く、父の没後は長子が戸主となって、事業から交際まで主となって引継ぎをしなければならないのとは異い、幾人か同胞があれば交際、事業などは各自の選択によって行っている場所では、特に長子が多分の遺産を相続する必要がありません。・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ AはA家の戸主で、移籍が出来得ない。それならば私は、もうA家の者になったのだから、良人の家に移るのが当然であり、Aが、結婚した以上、其位の責任は持つ覚悟だろうと、母上が提議されたのであった。 今、その時分のことを思い出すと、自分は・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・「おれは、もう向哥と相談して、そうきめたよ、あの人が戸主で、わたしは同居人だ」 瓜棚の下で、又商売の話が賑やかに始められた。彼等の廂房に、戸口証が貼られた。戸主劉向高、妻劉代。李茂はもうぐっすり眠っていた。天の川はすでに低くなってい・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・で、ベルクナアが示したような表面の技法で、内実は父権制のもとにある家庭の娘、戸主万能制のもとにある妻、母の、つながれた女の昔ながらの傷心が物を云っているところにある。女の過ちの実に多くが、感情の飢餓から生じている。その点にふれて見れば、女の・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
出典:青空文庫