・・・学者の中で彼ほど書物の所有に冷淡な人も少ないと云われている。尤も彼のような根本的に新しい仕事に参考になる文献の数は比較的極めて少数である事は当然である。いわゆるオーソリティは彼自身の頭蓋骨以外にはどこにも居ないのである。 彼の日常生活は・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・間は、彼らが根柢ある人生の活力の或物に対して公平に無感覚であったと非難されるだけで済むが、いやしくもこの暗い中の一点が木村項の名で輝やき渡る以上、また他が依然として暗がりに静まり返る以上、彼らが今まで所有していた公平の無感覚は、俄然として不・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・なぜといつて私の所有にかかはるところの油画は、それが他人の描いたものであるにかかはらず、私自身の好みによつて、勝手に自由にその額縁を選定し、よつて以て私自身の解釈による芸術を眺めることができるからだ。 思へ一つの同じ音楽、同じ叙情詩、同・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・空気――風――と光線とは誰の所有に属するかは、多分、典獄か検事局かに属するんだろう――知らなかったが、私達の所有は断乎として禁じられていた。 それが今、声帯は躍動し、鼓膜は裂けるばかりに、同志の言葉に震え騒いでいる。 ――この上に、・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・平民が、学塾を開いて生徒を教え、地面を所有して地代小作米を取立つるは、これを何と称すべきや。政府にては学校といい、平民にては塾といい、政府にては大蔵省といい、平民にては帳場といい、その名目は古来の習慣によりて少しく不同あれども、その事の実は・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・特務曹長「然るに私共は未だ不幸にしてその機会を得ず充分適格に閣下の勲章を拝見するの光栄を所有しなかったのであります。」大将「それはそうじゃ、今までは忙がしかったじゃからな。」特務曹長「閣下。この機会をもちまして私共一同にとくとお・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・ ところが実際では日本の全耕地所有農家の約半数が五反未満の田畑をもっているに過ない。 玄米一石の生産費自作農二五円八七銭 小作農二八円七一銭 現在の農村は事変以来二割近い手不足で甚だ困難している。従って老人、女子、子・・・ 宮本百合子 「新しき大地」
・・・有名な、唯一者とその所有を出す時に、随分極端な議論だから、本名を署せずに出したのだ。しかし今では Reclam 版になっていて、誰でも読む。Proudhon は Besanベサンソン の貧乏人の子で、小さい時に、活字拾いまでしたことがあるそ・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・が、実は感覚的表徴のそれのごとく象徴せられた複合的綜合的統一体なる表徴能力を所有することは不可能なことである。此の故官能表徴は表象能力として直接的であるそれだけ単純で、感覚的表徴能力のそれのようには独立的な全体を持たず、より複雑な進化能力を・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・――彼はまた所有の欲望を嘲って、自分の家庭の経験より見ても所有は不可能だと言う。これがまた彼に所有の要求のないことを、従って所有の要求を解し得ないことを示している。真に所有の要求に燃えている者に、どうしてそれが不可能だと言い切れるだろう。自・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫