・・・ 露地が、遠目鏡を覗く状に扇形に展けて視められる。湖と、船大工と、幻の天女と、描ける玉章を掻乱すようで、近く歩を入るるには惜いほどだったから…… 私は――(これは城崎関弥 ――道をかえて、たとえば、宿の座敷から湖の向うにほん・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・香水、クリイム、ピン、水白粉、油、ヘアネット、摺り硝子の扇形の壜、ヘチマ形の壜。提灯形の壜。いろいろさまざまな恰好の壜がはいったボール箱が橇いっぱいに積みこまれた。呉は、その上へアンペラを置いた。そして、その上へ、秣草を入れた麻袋を置いた。・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 独房の入口の左上に、簡単な仕掛けがあって、そこに出ている木の先を押すと、カタンと音がして、外の廊下に独房の番号を書いた扇形の「標示器」が突き出るようになっている。看守がそれを見て、扉の小さいのぞきから「何んだ?」と、用事をきゝに来てく・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 先年水温を測る時の目じるしに、池の中のところどころに立てておいた竹ざおが雪の薄くつもった氷の上に頭を出している場合に、さおの北側へ妙な扇形の模様ができる事があった。これもおもしろいものである。これに関してはかつて気象集誌に簡単な記事を・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・曲にはなかなか複雑な仕組みのものもあったが、たとえば大小の弦楽器が多くは大小の曲線の曲線的運動で現わされ真鍮管楽器が短い直線の自身に直角な衝動的運動で現わされたり、太鼓の音が画面をいっさんに駆け抜ける扇形の放射線で現わされたりする場合が多い・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・ 切り立ての鋏穴は円形から直角の扇形を取りのけた格好をしている。私の指先でもみ拡げられた穴にもその形の痕跡だけはちゃんと残っているが、穴の直径が二、三割くらいは大きくなって、穴の周辺が毛ば立ち汚れている。 もう一人の車掌もやって来て・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ ガラスなどの円盤の中央をたたくと、それがある整数だけのほぼ同大の扇形に割れる。これについては前に鈴木清太郎君の研究がある。これもある点では金米糖の問題と似た点もあり、またある点では「弾性的不安定」の問題とも関係しているように見える。・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・として末広がりに、半開きの扇形に延焼している。これは理論上からも予期される事であり、またたとえば実験室において油をしみ込ませた石綿板の一点に放火して、電扇の風であおぐという実験をやってみてもわかることである。風速の強いときほど概してこの扇形・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・サンムトリの左のすそがぐらぐらっとゆれ、まっ黒なけむりがぱっと立ったと思うとまっすぐに天までのぼって行って、おかしなきのこの形になり、その足もとから黄金色の熔岩がんきらきら流れ出して、見るまにずうっと扇形にひろがりながら海へはいりました。と・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ それから黄金色の熔岩がきらきらきらと流れ出して見る間にずっと扇形にひろがりました。見ていたものは「ああやったやった。」とそっちに手を延して高く叫びました。「やったやった。とうとう噴いた。」とペンネンネンネンネン・ネネム・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
出典:青空文庫