・・・自分はその手伝いをしながら、きょうは粘液の少ないようにと思った。しかし便器をぬいてみると、粘液はゆうべよりもずっと多かった。それを見た妻は誰にともなしに、「あんなにあります」と声を挙げた。その声は年の七つも若い女学生になったかと思うくらい、・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・貧家に人となった尊徳は昼は農作の手伝いをしたり、夜は草鞋を造ったり、大人のように働きながら、健気にも独学をつづけて行ったらしい。これはあらゆる立志譚のように――と云うのはあらゆる通俗小説のように、感激を与え易い物語である。実際又十五歳に足ら・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・彼は座敷に荷物を運び入れる手伝いをした後、父の前に座を取って、そのしぐさに対して不安を感じた。今夜は就寝がきわめて晩くなるなと思った。 二人が風呂から上がると内儀さんが食膳を運んで、監督は相伴なしで話し相手をするために部屋の入口にかしこ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・単なる好奇心が少しぐらつきだして、後戻りしてその子供のために扉をしめる手伝いをしてやろうかとふと思ってみたが、あすこまで行くうちには牛乳瓶がもうごろごろと転げ出しているだろう。その音を聞きつけて、往来の子供たちはもとより、向こう三軒両隣の窓・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ 前垂掛――そう、髪もいぼじり巻同然で、紺の筒袖で台所を手伝いながら――そう、すなわち前に言った、浜町の鳥料理の頃、鴾氏に誘われて四五度出掛けた。お妻が、わが信也氏を知ったというはそこなのである。が、とりなりも右の通りで、ばあや、同様、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ここに、杢若がその怪しげなる蜘蛛の巣を拡げている、この鳥居の向うの隅、以前医師の邸の裏門のあった処に、むかし番太郎と言って、町内の走り使人、斎、非時の振廻り、香奠がえしの配歩行き、秋の夜番、冬は雪掻の手伝いなどした親仁が住んだ……半ば立腐り・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 手伝いの人々がいつのまにか来て下に働いておった。屋根裏から顔を出して先生と呼ぶのは、水害以来毎日手伝いに来てくれる友人であった。 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・民子は僕を手伝いとして山畑の棉を採ってくることになった。これはもとより母の指図で誰にも異議は云えない。「マアあの二人を山の畑へ遣るッて、親というものよッぽどお目出たいものだ」 奥底のないお増と意地曲りの嫂とは口を揃えてそう云ったに違・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・が、だんだん僕の私行があらわれて来るに従って、吉弥の両親と会見した、僕の妻が身受けの手伝いにやって来たなど、あることないことを、狭い土地だから、じきに言いふらした。 それに、吉弥が馬鹿だから、のろけ半分に出たことでもあろう、女優になって・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・写字をしたり口授を筆記したりして私の仕事の手伝いをしていた。面胞だらけの小汚ない醜男で、口は重く気は利かず、文学志望だけに能書というほどではないが筆札だけは上手であったが、その外には才も働きもない朴念人であった。 沼南が帰朝してから間も・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
出典:青空文庫