・・・ 某日、軽部の同僚と称して、蒲地某が宗右衛門の友恵堂の最中を手土産に出しぬけに金助を訪れ、呆気にとられている金助を相手によもやまの話を喋り散らして帰って行き、金助にはさっぱり要領の得ぬことだった。ただ、蒲地某の友人の軽部村彦という男が品・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ と言って、お三輪は自分の小遣のうちを手土産がわりに置いて行こうとした。彼女はいくらも小遣を持っていなかったが、そういう時になると多勢奉公人を使ったことのある、気の大きな小竹の隠居に返った。「御隠居さん、そんなことをなすって下すっち・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・私はいままで、家に手土産をぶらさげて帰るなど、絶無であった。実に不潔な、だらしない事だと思っていた。「女中さんに三べんもお辞儀をした。苦心さんたんして持って来たんだぜ。久し振りだろう。牛の肉だ。」私は無邪気に誇った。「くすりか何かの・・・ 太宰治 「新郎」
・・・友は中庭の美事なる薔薇数輪を手折りて、手土産に与えんとするを、この主人の固辞して曰く、野菜ならばもらってもよい。以て全豹を推すべし。かの剣聖が武具の他の一切の道具をしりぞけし一すじの精進の心と似て非なること明白なり。なおまた、この男には当分・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ チサの葉いちまいの手土産で、いいのに。三日。 不言実行とは、暴力のことだ。手綱のことだ。鞭のことだ。 いい薬になりました。四日。「梨花一枝。」 改造十一月号所載、佐藤春夫作「芥川賞」を読み、だら・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ お金への手土産に、栄蔵は少しばかりの真綿と砂糖豆を出した。 こんなしみったれた土産をもらって、又お金は何と云うかと、お君は顔が赤くなる様だったけれ共、何か思う事があると見えて、お金は、軽々振舞って、 よく見て御出で、 ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・商人が手土産なんぞを置いて帰ったのもある。そうすると、石田はすぐに島村に持たせて返しに遣る。それだから、島村は物を貰うのを苦に病んでいて、自分のいる時に持って来たのは大抵受け取らない。 或日帰って見ると、島村と押問答をしているものがある・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫