・・・お薬を頂いて、それでまあ熱を取るんですが、日に四度ぐらいずつ手巾を絞るんですよ。酷いじゃありませんか。それでいて痰がこう咽喉へからみついてて、呼吸を塞ぐんですから、今じゃ、ものもよくは言えないんでね、私に話をして聞かしてと始終そういっちゃあ・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・ と思う平四郎は、涎と一所に、濡らした膝を、手巾で横撫でしつつ、「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ。」……大歎息とともに尻を曳いたなごりの笑が、更に、がらがらがらと雷の鳴返すごとく少年の耳を打つ!……「お煎をめしあがれな。」 目の下の崕が・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ と、懐中に突込んで来た、手巾で手を拭くのを見て、「あれ、貴方……お手拭をと思いましたけれど、唯今お湯へ入りました、私のだものですから。――それに濡れてはおりますし……」「それは……そいつは是非拝借しましょう。貸して下さい。」・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・この権ちゃんが顕われると、外土間に出張った縁台に腰を掛けるのに――市が立つと土足で糶上るのだからと、お町が手巾でよく払いて、縁台に腰を掛けるのだから、じかに七輪の方がいい、そちこち、お八つ時分、薬鑵の湯も沸いていようと、遥な台所口からその権・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 時節もので、めりやすの襯衣、めちゃめちゃの大安売、ふらんねる切地の見切物、浜から輸出品の羽二重の手巾、棄直段というのもあり、外套、まんと、古洋服、どれも一式の店さえ八九ヶ所。続いて多い、古道具屋は、あり来りで。近頃古靴を売る事は……長・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・……とこの話をしながら、うっかりしたようにその芸妓は手巾で口を圧えたんですがね……たらたらと赤いやつが沁みそうで、私は顔を見ましたよ。触ると撓いそうな痩せぎすな、すらりとした、若い女で。……聞いてもうまそうだが、これは凄かったろう、その時、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ やがて、朱鷺色の手巾で口を蔽うて、肩で呼吸して、向直って、ツンと澄して横顔で歩行こうとした。が、何と、自から目がこっちに向くではないか。二つ三つ手巾に、すぶりをくれて、たたきつけて、また笑った。「おほほほほ、あははは、あははははは・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 水色の手巾を、はらりと媚かしく口に啣えた時、肩越に、振仰いで、ちょいと廻廊の方を見上げた。 のめのめとそこに待っていたのが、了簡の余り透く気がして、見られた拍子に、ふらりと動いて、背後向きに横へ廻る。 パッパッと田舎の親仁が、・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・きれいなその手巾で。」「散っているもみじの方が、きれいです、払っては澄まないような、こんな手巾。」「何色というんだい。お志で、石へ月影まで映して来た。ああ、いい景色だ。いつもここは、といううちにも、今日はまた格別です。あいかわらず、・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 女は袂から器用に手巾をとりだして、そしてまた泣きだした。 その時、思いがけず廊下に足音がきこえた。かなり乱暴な足音だった。 私はなぜかはっとした。女もいきなり泣きやんでしまった。急いで泪を拭ったりしている。二人とも妙に狼狽して・・・ 織田作之助 「秋深き」
出典:青空文庫