・・・そう言って手拭いで頬被りした。次郎兵衛は卓をとんとたたいて卓のうえにさしわたし三寸くらい深さ一寸くらいのくぼみをこしらえてから答えた。そうだ。縁と言えば縁じゃ。おれはいま牢屋から出て来たばかりだよ。三郎は尋ねた。どうして牢屋へはいったのです・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ ドッと手洗場へ、めいめいの手拭いをもってかけつける。「洗えましたか? 当番さん、見てやって頂戴!」 一列にみんな並んで、しかつめらしい当番の前へ両手をさしのばしながら順ぐり通りすぎる。当番のアーニャ自身、どれがキレイで、どれが・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・ 頬かぶりで、出刃を手拭いで包んだ男が、頭の中を忍び足で通り過ぎた。 私は大いそぎで、まだカーテンが閉って居る寝室の戸を、ガタガタ叩きながら、「お母様! お母様! 早くお起なすって頂戴。と云うと、もうさっきから起きて・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・下駄を脱ぎすてて台所にあがったお豊さんは、壁に吊ってある竿の手拭いで手をふいている。そのそばへご新造が摩り寄った。「安井では仲平におよめを取ることになりました」劈頭に御新造は主題を道破した。「まあ、どこから」「およめさんですか」・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫