・・・使は元宰先生の手札の外にも、それらの名画を購うべきたくきんを授けられていたのです。しかし張氏は前のとおり、どうしても黄一峯だけは、手離すことを肯じません。翁はついに秋山図には意を絶つより外はなくなりました。 * *・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・と差し出されたのを、金之助は手に取って見ると、それは手札形の半身で、何さま十人並み勝れた愛くるしい娘姿。年は十九か、二十にはまだなるまいと思われるが、それにしても思いきってはでな下町作りで、頭は結綿にモール細工の前まえざし、羽織はなしで友禅・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・いや去年の秋、すぐ上の姉がその幼い長女と共に写した手札型の写真を一枚送ってよこしたが、本当に、その写真一枚きりで、他の肉親の写真は何も無いのだ。私がわざと肉親の写真を排除したわけではない。十数年前から、故郷の肉親たちと文通していないので、自・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・それはコダックの手札形であった。 弟が十八九の頃、写真にこった。家族のものや静物をその父の古いコダックでよくとった。自分では写真機を余りもたず、外国を旅行したとき伯林でこんな笑い話を友達からきいた。ドイツの小学生に先生が質問した。日本人・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・二年、三年とそれを着て、結婚の話が起るようになって、見合いの写真をとったのが今もあるが、少し色の褪せかけた手札形の中で、角帽をかぶり、若々しい髭をつけた父が顔をこちらに向けて立ち、着ているのは切れるだけ切りちぢめて裾が膝ぐらい迄しかなくなっ・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫