・・・「それは、お手柄だ。」と微笑してほめてやって、そっと肩を叩いてやりたく思った。「あわせて三十円じゃないか。ちょっとした旅行ができるね。」 新宿までの切符を買った。新宿で降りて、それから薬屋に走った。そこで催眠剤の大箱を一個買い、それ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・あの人は、こんどは手柄をたてました。まえから僕が、あの人に、あなたのことを言ってあかして居りましたので、あの人も、あなたのお名前を知ってしまって、そうして、たびたび、あなたのところへ郵便配達しているうちに、ふと、このひとじゃないかと思ったの・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・支那そばやの女中さんから、鶏卵一個を恵まれたからとて、それが、なんの手柄になることか。私は、自身の恥辱を告白しているだけである。私は自身の容貌の可笑しさも知っている。小さい時から、醜い醜いと言われて育った。不親切で、気がきかない。それに、下・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・けれども私は、彼もさすがにてれくさそうにして眼を激しくしばたたかせながら、そうして、おしまいにはほとんど不機嫌になってしまって語って聞かせたこんなふうの手柄話を、あんまり信じる気になれないのである。彼が異国人と夜のまったく明けはなれるまで談・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・子細は、其主人、自然の役に立ぬべしために、其身相応の知行をあたへ置れしに、此恩は外にないし、自分の事に、身を捨るは、天理にそむく大悪人、いか程の手柄すればとて、是を高名とはいひ難し」とはっきりした言葉で本末の取りちがえを非難している。してみ・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・吾ながら又なき手柄なり。……」ブラヴォーとウィリアムは小声に云う。「巨人は云う、老牛の夕陽に吼ゆるが如き声にて云う。幻影の盾を南方の豎子に付与す、珍重に護持せよと。われ盾を翳してその所以を問うに黙して答えず。強いて聞くとき、彼両手を揚げて北・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・遠い昔に、自分は日清戦争に行き、何かのちょっとした、ほんの詰らない手柄をした――と彼は思った。だがその手柄が何であったか、戦場がどこであったか、いくら考えても思い出せず、記憶がついそこまで来ながら、朦朧として消えてしまう。「あア!」・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・故に前文を其まゝにして之を夫の方に差向け、万事妻を先にして自分を後にし、己れに手柄あるも之に誇らず、失策して妻に咎めらるゝとも之を争わず、速に過を改めて一身を慎しみ、或は妻に侮られても憤怒せずして唯恐縮謹慎す可し云々と、双方に向て同一様の教・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・その廃滅の因縁が、偶ま以て一旧臣の為めに富貴を得せしむるの方便となりたる姿にては、たといその富貴は自から求めずして天外より授けられたるにもせよ、三河武士の末流たる徳川一類の身として考うれば、折角の功名手柄も世間の見るところにて光を失わざるを・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ そして早くもその夏、ブドリは大きな手柄をたてました。それは去年と同じころ、またオリザに病気ができかかったのを、ブドリが木の灰と食塩を使って食いとめたのでした。そして八月のなかばになると、オリザの株はみんなそろって穂を出し、その穂の一枝・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
出典:青空文庫