・・・新聞に支那の洪水の義捐の募集が出ている。手袋を買ってやる金を新聞社に送るべきか。リップスによればそうすべきだ。しかし一方はわが子で目の前に見、他方は他国でうわさに聞くのみ。情緒の上には活々とした愛と動機力は無論幼児の手袋を買ってやる方にはた・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 防寒帽子をかむり、防寒肌着を着け、手袋をはき、まるまるとした受領の連中が扉を開けて這入ってくると、待っていた者は、真先にこうたずねた。「だめだ。」「どうしたんだい?」「奉天あたりで宿営して居るんだ。」「何でじゃ?」・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 弟は、小さい手袋に這入った自由のきかない手で、それを受取ろうとした。と、その時、リープスキーは、何か呻いて、パンを持ったまま雪の上に倒れてしまった。「パパ」「やられたんだ!」 傍を逃げて行く者が云った。「パパ」 十・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・肩掛け、洋傘、手袋、足袋、――足袋も一足や二足では足りない。――下駄、ゴム草履、櫛、等、等。着物以外にもこういう種々なるものが要求された。着物も、木綿縞や、瓦斯紡績だけでは足りない。お品は友染の小浜を去年からほしがっている。 二人は四苦・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・左右の手袋は分厚く重く、紐をつけた財布のように頸から吊るしていなければならない。銃は、その手袋の指の間から蝋をなすりつけたようにつるつる滑り落ちた。パルチザンはそこへつけこんできた。 兵士達は、始終過激派を追っかけ、家宅捜索をしたり、武・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ ところが、本当に今年のこっちの冬というのは十何年振りかの厳寒で、金物の表にはキラ/\と霜が結晶して、手袋をはかないでつかむと、指の皮をむいてしまうし、朝起きてみると蒲団の息のかゝったところ一面が真白にガバ/\に凍えている、夜中に静かに・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・出口にちょっと立ち止まって、手袋をはきながら、龍介は自分が火の気のない二階で「つくねん」と本を読むことをフト思った。彼はまるで、一つの端から他の端へ一直線に線を引くように、自家へ帰ることがばかばかしくなった。彼は歩きだしながら、どうするかと・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・水汲に行く下女なぞは頭巾を冠り、手袋をはめ、寒そうに手桶を提げて出て行くが、それが帰って来て見ると、手の皮膚は裂けて、ところどころ紅い血が流れた。こうなると、お島は外聞なぞは関っていられなく成った。どうかして子供を凍えさせまいとした。部屋部・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・それではちゃんとつかまえておきますから、ついでにテイブルの上においてある私の手袋をもって来て下さい。」と言いました。 ギンは急いで引きかえして、鞍と手綱と、手袋とをもって出て来ますと、女は、さっきからそのままじっとそこに立ったきりでいま・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・白のカシミヤの手袋を用い、厳寒の候には、白い絹のショオルをぐるぐる頸に巻きつけました。凍え死すとも、厚ぼったい毛糸の類は用いぬ覚悟の様でした。けれども、この外套は、友だちに笑われました。大きい襟を指さして、よだれかけみたいだね、失敗だね、大・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
出典:青空文庫