・・・常磐津の名取りで、許しの書きつけや何かを、みんなで芸者たちの腕の批評をしていたとき、お絹が道太や辰之助に見せたことがあった。「なるほどね、二流三流どこは、こんなことをして田舎で金を捲きあげているんだね」道太はその師匠が配った抹茶茶碗を箱・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・それに対する粗忽干万なジゥルナリズムの批評も聞こう。同業者の誼みにあんまり黙っていても悪いようなら議論のお相手もしよう。けれども要するに、それはみんな身過ぎ世過ぎである。川竹の憂き身をかこつ哥沢の糸より細き筆の命毛を渡世にする是非なさ……オ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・その原因は科学的精神が乏しかったためで、その理想を批評せず吟味せずにこれを行って行ったというのである。また昔は階級制度が厳しいために過去の英雄豪傑は非常にえらい人のように見えて、自分より上の人は非常にえらくかつ古人が世の中に存在し得るという・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
一 カント哲学以来、デカルト哲学は棄てられた。独断的、形而上学的と考えられた。哲学は批評的であり、認識論的でなければならないと考えられている。真の実在とは如何なるものかを究明して、そこからすべての問題・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・然るに、徳教書編纂の事は、先年も文部省に発起して、すでに故森大臣の時に倫理教科書を草し、その草案を福沢先生に示して批評を乞いしに、その節、先生より大臣に贈りたる書翰ならびに評論一編あり。久しく世人の知らざるところなりしかども、今日また徳教論・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
人物の善悪を定めんには我に極美なかるべからず。小説の是非を評せんには我に定義なかる可らず。されば今書生気質の批評をせんにも予め主人の小説本義を御風聴して置かねばならず。本義などという者は到底面白きものならねば読むお方にも・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・新聞関係の人々は、各方面を広汎に、戦時中の社会生活の現実を目撃し、理性ある人間であるからには、それを批評せずにはいられなかった。しかし、その声は完く封じられていた。 今日、こういう過程を経た新聞人の進歩的な要素が、わたしたち人民の、ひろ・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・文壇では批評家が真剣でないと云って、けなしている。一度妻を持って、不幸にして別れたが、平生何かの機会で衝突する度に、「あなたはわたしを茶かしてばかしいらっしゃる」と云うのが、その細君の非難の主なるものであった。 木村の心持には真剣も木刀・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・作品の欠点とはならずに、すべて作者の制作中の意識作用から眺めた作品の見方で通用するものとは私も思っていない。作品批評をする場合には、もちろん、作品が中心であるのだから、こんなことはどうでもよさそうなものであるが、作家の生活というところに中心・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ ドストイェフスキイを冗漫だとする批評はかなり古くからあるが、私は冗漫を感じない。内容がはち切っているから。――もっとも技巧から言えばかなりに隙がある。夏目先生はカラマゾフ兄弟のある点をディクンスに比して非難された。その時私は承服し兼ね・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫