・・・それでさんざんに調べた最後には、つまりいいかげんに、賽でも投げると同じような偶然な機縁によって目的の地をどうにかきめるほかはない。 こういうやり方は言わばアカデミックなオーソドックスなやり方であると言われる。これは多くの人々にとって最も・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・とか、それからこれはまだ一部しか見ていないが入沢医学博士の近刊随筆集など、いずれも科学者でなければ書けなくて、そうして世人を啓発しその生活の上に何かしら新しい光明を投げるようなものを多分に含んでいる。それから、自分の知っている狭い範囲内でも・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・すでに空間のできた今日であるから、嘘にもせよせっかく出来上ったものを使わないのも宝の持腐れであるから、都合により、ぴしゃぴしゃ投出すと約百余人ちゃんと、そこに行儀よく並んでおられて至極便利であります。投げると申すと失敬に当りますが、粟餅とは・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 目の廻る程急がしい用意の為めに、昼の間はそれとなく気が散って浮き立つ事もあるが、初夜過ぎに吾が室に帰って、冷たい臥床の上に六尺一寸の長躯を投げる時は考え出す。初めてクララに逢ったときは十二三の小供で知らぬ人には口もきかぬ程内気であった・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・そら、投げるよ。ようし来た。ああ、しまった。さあひっぱって呉れ。よいしょ。」 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・といって河原へ投げるように置きました。すると庄助が、「なんだこの童あ、きたいなやづだな。」と言いながらじろじろ三郎を見ました。 三郎はだまってこっちへ帰ってきました。 庄助は変な顔をしてみています。みんなはどっとわらいました。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・脅しの影を投げるだろう石燈籠も、大木も、人も居ない。私は遠く縁に引込んで、息をするほの身じろぎもすまいとして居る。其に拘らず、雀は、何と云う用心のしようだろう。何と云う小心なことだろう。 チョンと跳び、ついと一粒の粟を拾う間に、彼は非常・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・ あらゆる面で統制化されてゆくこの頃の事情は、それらの根本的な問題にどんな光明を投げるだろうか。漁村の婦人の生活の向上ということも、それだけを切りはなして語ることは出来ないのだと思う。 漁村の小学校での教育法というようなことについて・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
・・・次の一艘が磯波に乗り掛かると、ちょうど綱を荒れ回る鹿の角に投げ掛けるように、若者は舟へ綱を投げる。そして他の若者たちは躍り掛かって、肩をあてて一気に舟を引き上げる。こうして次から次へと数十艘の舟が陸へ上げられるのである。陸上の人数はますます・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・しかしその深淵のすみからすみまで行きわたっているある大いなる力と智慧との存在する事を、そうしてその力と智慧とが敏感な心に一瞬の光を投げることを否むわけに行かない。我々は不断に我々の生活の上にかかっている運命に対してこの一瞬間のために、敬虔な・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫