・・・久保田君と君の主人公とは、撓めんと欲すれば撓むることを得れども、折ることは必しも容易ならざるもの、――たとえば、雪に伏せる竹と趣を一にすと云うを得べし。 この強からざるが故に強き特色は、江戸っ児の全面たらざるにもせよ、江戸っ児の全面に近・・・ 芥川竜之介 「久保田万太郎氏」
・・・の癖、そうやって、嫁が極りましても女房が居ましても、家へ顔を出しますのはやっぱり破風から毎年その月のその日の夜中、ちょうど入梅の真中だと申します、入梅から勘定して隠居が来たあとをちょうど同一ように指を折ると、大抵梅雨あけだと噂があったのでご・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・路傍に藪はあっても、竹を挫き、枝を折るほどの勢もないから、玉江の蘆は名のみ聞く、……湯のような浅沼の蘆を折取って、くるくるとまわしても、何、秋風が吹くものか。 が、一刻も早く東京へ――唯その憧憬に、山も見ず、雲も見ず、無二無三に道を急い・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・ 縫えると、帯をしめると、私は胸を折るようにして、前のめりに木戸口へ駈出した。挨拶は済ましたが、咄嗟のその早さに、でっぷり漢と女は、衣を引掛ける間もなかったろう……あの裸体のまま、井戸の前を、青すすきに、白く摺れて、人の姿の怪しい蝶に似・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・――はあはあと、私が感に入って驚くのを、おかしがって、何、牡丹のひたしものといった処で、一輪ずつ枝を折る殺風景には及ばない、いけ花の散ったのを集めても結構よろしい。しかし、贅沢といえば、まことに蘭飯と称して、蘭の花をたき込んだ飯がある、禅家・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ お米の二つ折る指がしなって、内端に襟をおさえたのである。「一ツずつ、蜻蛉が別ならよかったんでしょうし、外の人の考案で、あの方、ただ刺繍だけなら、何でもなかったと言うんです。どの道、うつくしいのと、仕事の上手なのに、嫉み猜みから起っ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・兄は語を進めて、「こう言い出すからにゃおれも骨を折るつもりだど、ウン世間がやかましい……そんな事かまうもんか。おッ母さんもおきつも大反対だがな、隣の前が悪いとか、深田に対してはずかしいとかいうが、おれが思うにゃそれは足もとの遠慮というも・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・そしてそこにあった座布団を二つに折ると×××× 龍介はきゅうに心臓がドキンドキンと打つのを感じた。「ばか、俺は何もするつもりじゃないんだ」彼は少しどもった。女は初め本当にせず、×××××。龍介はだまって立っていた。「本当?」「本・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・となく叛旗を翻えしみかえる限りあれも小春これも小春兄さまと呼ぶ妹の声までがあなたやとすこし甘たれたる小春の声と疑われ今は同伴の男をこちらからおいでおいでと新田足利勧請文を向けるほどに二ツ切りの紙三つに折ることもよく合点しやがて本文通りなまじ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・時には、大森の方から魚を売りに来る男が狭い露地に荷をおろし、蕾を見せた草の根を踏み折ることなぞもあった。そよとの風も部屋にない暑い日ざかりにも、その垣の前ばかりは坂に続く石段の方から通って来るかすかな風を感ずる。わたしはその前を往ったり来た・・・ 島崎藤村 「秋草」
出典:青空文庫