・・・弁慶、情けの折檻である。私は意を決して、友人の頬をなるべく痛くないように、そうしてなるべく大きい音がするように、ぴしゃん、ぴしゃんと二つ殴って、「君、しっかりし給え。いつもの君は、こんな工合いでないじゃないか。今夜に限って、どうしたのだ・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・父は涙をふるってこの盗癖のある子を折檻した。こぶしでつづけさまに三つほど三郎の頭を殴り、それから言った。これ以上の折檻は、お前のためにもわしのためにもいたずらに空腹を覚えさせるだけのことだ。それゆえ折檻はこれだけにしてやめる。そこへ坐れ。三・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ 頑固親爺が不幸むすこを折檻するときでも、こらえこらえた怒りを動作に移してなぐりつける瞬間に不覚の涙をぽろぽろとこぼすのである。これにはもちろん子を哀れみまた自分を哀れむ複雑な心理が伴なってはいるが、しかしともかくもそうした直接行動によ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・追手に捕まって元の曲輪へ送り戻されれば、煙管の折檻に、またしても毎夜の憂きつとめ。死ぬといい消えるというが、この世の中にこの女の望み得べき幸福の絶頂なのである。と思えば先生の耳には本調子も二上りも三下りも皆この世は夢じゃ諦めしゃんせ諦めしゃ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・そこに居るのはどこの下郎の子じゃ、早う下りて参れ、折檻してつかわす。 とな。そなたの主人じゃ、わしじゃ。 と幾度申しても、いくらお小さくても皇帝におなりなされるお方は木にはおのぼりなされても下郎の・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・だと云って、五つの子供が一週間何一つ折檻の種をつくらずに暮すことなど、どうして出来よう。或る土曜日、ゴーリキイは猛烈に抵抗して猶更祖父さんからひどくひっぱたかれ、最後まであやまらないで気絶したことがあった。このことでゴーリキイは熱病にかかり・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・創作家でなくとも父親は、しばしば子供に折檻を加える。子供のしつけの上で折檻は必要だと考えている人さえある。それは愛の行為であるから、子供の心に憎悪を植えつけるはずのものではない。創作家の場合には、精神的疲労のために、そういう折檻が癇癪の爆発・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫