・・・一杯機嫌で西へ抜け出ると、難波新地である。もうそこは法善寺ではない。前方に見えるのは、心斎橋筋の光の洪水である。そして、その都会的な光の洪水に飽いた時、大阪人が再び戻って来るのは、法善寺だ。・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・私たちは、不相応の大きい貝殻の中に住んでいるヤドカリのようなもので、すぽりと貝殻から抜け出ると、丸裸のあわれな虫で、夫婦と二人の子供は、特配の毛布と蚊帳をかかえて、うろうろ戸外を這いまわらなければならなくなるのだ。家の無い家族のみじめさは、・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・「画から女が抜け出るより、あなたが画になる方が、やさしゅう御座んしょ」と女はまた髯にきく。「それは気がつかなんだ、今度からは、こちが画になりましょ」と男は平気で答える。「蟻も葛餅にさえなれば、こんなに狼狽えんでも済む事を」と丸い・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・を互に知りあい信じあうこと、そして遺憾のない人間の生き方が、一つでも殖える可能のある社会条件を自分たちの一生のうちにつくってゆこうとする協力、人間は歴史的な存在であるから、私たちの協力も歴史の課題から抜け出ることはない。世界が連合国憲章をつ・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・私の目下はあの地虫が春が来てひとりでに殼を破って地上に抜け出る、あの漸進的な自然の外脱を得たいと思います。 至純な芸術境にあって死身に仕事が出来れば結構ですが、要するに其も質の問題だと思います。エルマンをお聴きでしたか。世の中に一人あっ・・・ 宮本百合子 「女流作家として私は何を求むるか」
・・・作家生活をしているうえは、その生活から自然に物事を眺めるようになってくるので、ここから絶えず抜け出る工夫は躍起となってしているにもかかわらず、それが手っ取り早く出来るものではない。 私小説はそれを克服して後始めて本格小説となるという河上・・・ 横光利一 「作家の生活」
出典:青空文庫