・・・それはまた左右の男女たちの力もほとんど抑えることの出来ないものだった。凄じい古千屋の叫び声はもちろん、彼等の彼女を引据えようとする騒ぎも一かたならないのに違いなかった。 井伊の陣屋の騒がしいことはおのずから徳川家康の耳にもはいらない訣に・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・含芳は確かにはっとしたと見え、いきなり僕の膝を抑えるようにした。しかしやっと微笑したと思うと、すぐに又一こと言い返した。僕は勿論この芝居に、――或はこの芝居のかげになった、存外深いらしい彼等の敵意に好奇心を感ぜずにはいられなかった。「お・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・が、たった二日の間に、どうしてあの怪しい婆を、取って抑える事が出来ましょう。たとい警察へ訴えたにしろ、幽冥の世界で行われる犯罪には、法律の力も及びません。そうかと云って社会の輿論も、お島婆さんの悪事などは、勿論哂うべき迷信として、不問に附し・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ あるじは、ひたと寄せて、押えるように、棄てた女の手を取って、「お民さん。」「…………」「国へ、国へ帰しやしないから。」「あれ、お待ちなさい伯母さんが。」「どうした、どうしたよ。」 という母の声、下に聞えて、わっ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・親のいいつけで背かれないと思うても、道理で感情を抑えるは無理な処もありましょう。民子の死は全くそれ故ですから、親の身になって見ると、どうも残念でありまして、どうもしやしませんと政夫さんが言う通り、お前さん等二人に何の罪もないだけ、親の目から・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・この時もはや省作は深田の婿でなくなって、例の省作の事であるから、それを俄かに行為の上に現わしては来ないが、わが身の進転を自ら抑える事のできない傾斜の滑道にはいってしまった。 こんな事になるならば、おとよはより早く、省作と一緒になる目的を・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ こゝに、自由の生む、形態の面白さがあり、押えることのできない強さがあり、爆破があり、また喜びがあるのである。自然の条件に従って、発生し、醗酵するものゝみが、最も創意に富んだ形を未来に決定するのである。それ故に、機械主義的な構成に、また・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・で、群集は、この無礼な自動車を難なく押さえることができました。 またあるとき、ケーは土木工事をしているそばを通りかかりますと、多くの人足が疲れて汗を流していました。それを見ると気の毒になりましたから、彼は、ごくすこしばかりの砂を監督人の・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・私は肝をつぶし、そしてカッとなりましたが、その腹の虫を押えるために飲んだ酒と花代で、私が白浜から持ってきた金はほとんどなくなってしまい、ふらふらと桔梗屋を出たのは、あくる日の黄昏前だった。私は太左衛門橋の欄干に凭れて、道頓堀川の汚い水を眺め・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・を軽く押える。この一種異色ある「どうぞ……」は「どう」の音のひっぱり方一つで、本当に連れて行ってほしいという気持やお愛想で言っている気持や、本当に連れて行ってくれると信じている気持や、客が嘘を言っているのが判っているという気持や、その他さま・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
出典:青空文庫