・・・会員券にマネージャの認印があったから、女たちが押売したのとちがって、大事にすべき客なのだろうと、瞳はかなりつとめたのである。あとで、チップもない客だと、塩をまく真似されたとは知らず、己惚れも手伝って、坂田はたまりかねて大晦日の晩、集金を済ま・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・二十年間を、決して押売りするわけではございませんが、もういまは、私の永い抑制を破り、思い切って訴える時のようであります。どうか、失礼の段は、おゆるし下さい。 私の最近の短篇小説集、「へちまの花」を一部、お送り申しました。お読み捨て下さい・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・下劣な私は、これを押売りではないかとさえ疑った。家内にも言いきかせ、とにかく之は怪しいから、そっくり帯封も破らずそのままにして保存して置くよう、あとで代金を請求して来たら、ひとまとめにして返却するよう、手筈をきめて置いたのである。そのうちに・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
九月のはじめ、甲府からこの三鷹へ引越し、四日目の昼ごろ、百姓風俗の変な女が来て、この近所の百姓ですと嘘をついて、むりやり薔薇を七本、押売りして、私は、贋物だということは、わかっていたが、私自身の卑屈な弱さから、断り切れず四・・・ 太宰治 「市井喧争」
・・・極めて悪質の押売りである。その態度、音声に、おろかな媚さえ感ぜられ、実に胸くそが悪かった。けれども私にはその者を叱咤し、追いかえすことが出来なかったのである。「それは、御苦労さまでした。薔薇を拝見しましょうね。」と自分でも、おや、と思っ・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・同情の押売りのようにさえ聞える。政府はただちに罹災者に対してお見舞いを差上げている筈だし、公債や保険やらをも簡単にお金にかえてあげているようだ。それに、全く文字どおりの着のみ着のままという罹災者は一人も無く、まずたいていは荷物の四個や五個は・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・それでそういう事に特に興味のある人たちにはその点がおもしろいのかもしれないが主として詩と俳諧とを求めるような観客にとっては、何かしらある問題を押し売りされるような気持ちがつきまとって困るようである。 二マイルも離れた川から水路を掘り通し・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・の勝手なページをあけては朗読の押し売りをしたが、父のほうではいっこう感心してくれなかった。たとえば古井戸をのぞけばわっと鳴く蚊かな 杜昌といったような句でも、当時の自分には、いくら説明したくても説明のできない幻想の泉とな・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・自由はわがままや自我の押し売りとはちがう。自然と人間の方則に服従しつつ自然と人間を支配してこそほんとうの自由が得られるであろう。 暑さがなければ涼しさはない。窮屈な羈絆の暑さのない所には自由の涼しさもあるはずはない。一日汗水たらして働い・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・また一方私はルクレチウスをかりて自分の年来培養して来た科学観のあるものを読者に押し売りしつつあるのではないかと反省してみなければならない。しかし私がもしそういう罪を犯す危険が少しもないくらいであったら、私はおそらくルクレチウスの一巻を塵溜の・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
出典:青空文庫