・・・林大嬌はちょっと顔をしかめ、斜めに彼の手を押し戻した。彼は同じ常談を何人かの芸者と繰り返した。が、そのうちにいつの間にか、やはり愛想の好い顔をしたまま、身動きもしない玉蘭の前へ褐色の一片を突きつけていた。 僕はちょっとそのビスケットのだ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・とその紙幣を私に押し戻し、「それは違う。きょうは俺は金をもらいに来たのではない。ただ相談に来たのだ。お前の意見を聞きに来たのだ。どうせそれあ、お前からは、千円くらいは出してもらわないといけない事になるだろうが、しかし、きょうは相談かたがた、・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・と、善吉の紙入れを押し戻した。「それはいけない。それはいけない。どうか預かッておいて下さい」 吉里はじッと善吉を見ている。その眼は物を言うかのごとく見えた。善吉は紙入れに手を掛けながら、自分でもわからないような気がしている。「善・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・すると若い人もね、急に笑い出してしまってコップを押し戻していたよ。そしておしまいとうとうのんだろうかねえ。僕はもう丁度こっちへ来ないといけなかったもんだからホウと一つ叫んで岩手山の頂上からはなれてしまったんだ。どうだ面白いだろう。」「面・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・おみちは顔を赤くしてそれを押し戻した。学生はさっさと出て行った。(なあんだ。あと姥石まで煙草売るどこなぃも。ぼかげで置いで来おみちは急いで草履をつっかけて出たけれども間もなく戻って来た。(脚(若いがら律儀嘉吉はまたゆっくりくつろいでうす・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・作家は作家としての軽侮をもってこれに報いたのではあったが、経済・政治生活からの閉め出しは、客観的には紅葉を再び魯文に近いところへ押し戻した。俗輩どもを無視する作家としての誇りを、紅葉は自身の文学的感覚、教養に認めるしかなかったのであるが、ヨ・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
出典:青空文庫