・・・修理を押込め隠居にして、板倉一族の中から養子をむかえようと云うのである。―― 何よりもまず、「家」である。当主は「家」の前に、犠牲にしなければならない。ことに、板倉本家は、乃祖板倉四郎左衛門勝重以来、未嘗、瑕瑾を受けた事のない名家である・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・私たちを、へんなお手本に押し込めて、身動きも出来なくさせたのは、一体、誰だったでしょう。それは、先輩というものでありました。心境未だし、デッサン不正確なり、甘し、ひとり合点なり、文章粗雑、きめ荒し、生活無し、不潔なり、不遜なり、教養なし、思・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ひどい悪い事を、次々とやらかすので、ついには北さんのお宅の二階に押し込められて、しばらく居候のような生活をせざるを得なくなった事さえあった。故郷の兄は私のだらし無さに呆れて、時々送金を停止しかけるのであるが、その度毎に北さんは中へはいって、・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・ そうかと云ってまた無理やりに嫌がる煎薬を口を割って押し込めば利く薬でももどしてしまい、まずい総菜を強いるのでは結局胃を悪くし食慾を無くしてしまうのがおちである。下手なレビューを朝から夜中まで幕なしに見せられるようなものであろうと思われ・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・秘密、秘密、何もかも一切秘密に押込めて、死体の解剖すら大学ではさせぬ。できることならさぞ十二人の霊魂も殺してしまいたかったであろう。否、幸徳らの躰を殺して無政府主義を殺し得たつもりでいる。彼ら当局者は無神無霊魂の信者で、無神無霊魂を標榜した・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・人間の思想やその思想に伴って推移する感情も石や土と同じように、古今永久変らないものと看做したなら一定不変の型の中に押込めて教育する事もできるし支配する事も容易でしょう。現に封建時代の平民と云うものが、どのくらい長い間一種の型の中に窮屈に身を・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・女というものは眼中に置かないで、強い男が自分の権利を振り廻すために自分の便利を計るために、一種の制裁なり法則というものを拵えて、弱い女を無視してそれを鉄窓の中に押し込めたのが今日までの道徳というものであるといっている。それでイブセンの道徳と・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・二年も三年も長いのは十年も日の通わぬ地下の暗室に押し込められたものが、ある日突然地上に引き出さるるかと思うと地下よりもなお恐しきこの場所へただ据えらるるためであった。久しぶりに青天を見て、やれ嬉しやと思うまもなく、目がくらんで物の色さえ定か・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・面倒くさい靴下はポケットへ押し込め、ポケットがふくれて気持ちがいいぞ。素あしにゴム靴でぴちゃぴちゃ水をわたる。これはよっぽどいいことになっている。前にも一ぺんどこかでこんなことがあった。去年の秋だ。腐植質の野原のたまり水だったかもしれな・・・ 宮沢賢治 「台川」
出典:青空文庫