・・・正倉院の門戸を解放して民間篤志家の拝観を許されるようになったのもまた鴎外の尽力であった。この貴重な秘庫を民間奇特者に解放した一事だけでも鴎外のような学術的芸術的理解の深い官界の権勢者を失ったのは芸苑の恨事であった。 鴎外は早くから筆・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ かつてロンドン滞在中、某氏とハンプトンコートの離宮を拝観に行った事がある。某氏はベデカの案内記と首引で一々引き合わして説明してくれたので大いに面白かった。そのうちにある室で何番目の窓からどの方向を見ると景色がいいという事を教えたのがあ・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・しかしその折にはまだ裏手の通用門から拝観の手続きをなすべき案内をも知らなかったので、自分は秋の夜の静寂の中に畳々として波の如く次第に奥深く重なって行くその屋根と、海のように平かな敷地の片隅に立ち並ぶ石燈籠の影をば、廻らされた柵の間から恐る恐・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・それは、仏像拝観に訪ねた私たちを案内したりもてなしたりしてくれる僧侶が、大概ごく若いのにまるで大人ぶり、それも一人前の坊さんぶるのではない軽薄な美術批評家ぶって、小癪な口を利き立てる淋しさである。やっと十九か二十ぐらいの、修業ざかりと思われ・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・「どちらでもよろしいのです。拝観さえ出来れば」 すると、爺さん、名刺を見ようともせず私にかえし「拝観なら、私でええ。今、葬式で皆お留守だ。そこの右の方から入って見なさい。木の仕切りの中へ入りさえしなければ勝手に見なさってええ」・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・一人の爺さんと、拝観に来たらしいカーキの兵卒がいる。私共は、永山氏からの名刺を通じた。「日本のお方か、西洋のお方か、どちらへやるかね」「どちらでもいいのです。――拝観出来れば……」 すると、爺さんは名刺をそのまま私にかえしながら・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫