・・・あれは拷問の道具ですよ。」 ファウストの悲劇はこういう言葉にやっと五幕目の幕を挙げはじめたのである。 二 なぜソロモンはシバの女王とたった一度しか会わなかったか? ソロモンは生涯にたった一度シバの女王に会っただけだっ・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・いくら拷問にかけられても、知らない事は申されますまい。その上わたしもこうなれば、卑怯な隠し立てはしないつもりです。 わたしは昨日の午少し過ぎ、あの夫婦に出会いました。その時風の吹いた拍子に、牟子の垂絹が上ったものですから、ちらりと女の顔・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・この娘かと云うので、拷問めいた事までしたが、見たものの過失で、焼けはじめの頃自分の内に居た事が明に分って、未だに不思議な話になっているそうである。初めに話した静岡の家にも、矢張十三四の子守娘が居たと云う、房州にも矢張居る、今のにも、娘がつい・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・せめて、朝に晩に、この身体を折檻されて、拷問苛責の苦を受けましたら、何ほどかの罪滅しになりましょうと、それも、はい、後の世の地獄は恐れませぬ。現世の心の苦しみが堪えられませぬで、不断常住、その事ばかり望んではおりますだが、木賃宿の同宿や、堂・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・むかし、正しい武家の女性たちは、拷問の笞、火水の責にも、断じて口を開かない時、ただ、衣を褫う、肌着を剥ぐ、裸体にするというとともに、直ちに罪に落ちたというんだ。――そこへ掛けると……」 辻町は、かくも心弱い人のために、西班牙セビイラの煙・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 音が近づくにつけて大きくなる、下草や小藪を踏み分ける音がもうすぐ後ろで聞こえる、僕の身体は冷水を浴びたようになって、すくんで来る、それで腋の下からは汗がだらだら流れる、何のことはない一種の拷問サ。 僕はただ夢中になって画いていたが・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・そのために、逮捕せられ、あらゆるひどい拷問に付せられたが、共犯者を白状しなかった。 以上は、「義人ジミー」のホンの荒筋である。枚数が長くなることが気になって非常に不完全にしか書けなかった。 こゝには、インタナショナルの精神と、帝国主・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・我は花にして花作り、我は傷にして刃、打つ掌にして打たるる頬、四肢にして拷問車、死刑囚にして死刑執行人。それでは、かなわぬ。むべなるかな、君を、作中人物的作家よと称して、扇のかげ、ひそかに苦笑をかわす宗匠作家このごろ更に数をましている有様。し・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私がもし昔のお白州で拷問かけられても、切られたり、ぶたれたり、また、くすぐられたり、そんなことでは白状しない。そのうち、きっと気を失って、二、三度つづけられたら、私は死んでしまうだろう。白状なんて、するものか、私は志士のいどころを一命かけて・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・事件的には縁がない代わりに心理的の伏線になるのである。拷問の後にほうり込まれた牢獄の中で眼前に迫る生死の境に臨んでいながらばかげた油虫の競走をやらせたりするのでも決してむだな插話でなくて、この活劇を生かす上においてきわめて重要な「俳諧」であ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
出典:青空文庫