・・・坊ちゃんも、――坊ちゃんは小径の砂利を拾うと、力一ぱい白へ投げつけました。「畜生! まだ愚図愚図しているな。これでもか? これでもか?」砂利は続けさまに飛んで来ました。中には白の耳のつけ根へ、血の滲むくらい当ったのもあります。白はとうと・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・小樽の人はそうでない、路上の落し物を拾うよりは、モット大きい物を拾おうとする。あたりの風物に圧せらるるには、あまりに反撥心の強い活動力をもっている。されば小樽の人の歩くのは歩くのでない、突貫するのである。日本の歩兵は突貫で勝つ、しかし軍隊の・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・かつて少年の頃、師家の玄関番をしていた折から、美しいその令夫人のおともをして、某子爵家の、前記のあたりの別荘に、栗を拾いに来た。拾う栗だから申すまでもなく毬のままのが多い。別荘番の貸してくれた鎌で、山がかりに出来た庭裏の、まあ、谷間で。御存・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・湧いて響くのが一粒ずつ、掌に玉を拾うそうに思われましたよ。 あとへ引返して、すぐ宮前の通から、小橋を一つ、そこも水が走っている、門ばかり、家は形もない――潜門を押して入ると――植木屋らしいのが三四人、土をほって、運んでいました。」 ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・朝の潮干には蛤をとり夕浜には貝を拾う。月待草に朝露しとど湿った、浜の芝原を無邪気な子どもを相手に遊んでおれば、人生のことも思う機会がない。 あってみない前の思いほどでなく、お光さんもただ懇切な身内の人で予も平気なればお光さんも平気であっ・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・「僕たちだって、そのかわり、くりや、どんぐりを、拾うことができないのだから、おんなじこった。」と、三郎さんは思いました。 三郎さんが、孝二くんの送ってくれた、どんぐりを、学校へ持ってゆくと、さあたいへんでした。みんなは、珍しがって、・・・ 小川未明 「おかめどんぐり」
・・・「若いの、あの箱を拾う勇気があるかの。」 おじいさんの言葉は、なんとなく、意味ありげでした。 この刹那、青年の頭のうちには、幸福と正反対の死ということがひらめいたのでした。「おれは、まだ死んではならない。もうすこしで、あぶな・・・ 小川未明 「希望」
・・・ 彼は、それを拾うと、指さきで土を落としました。そして、壁に書いてある、落書きに並べて良吉は、自分の村の名を書き、そのかたわらにM生としたのであります。良吉の姓は、村山であったからです。 自分たちの村が並んでいるように、このガードの・・・ 小川未明 「隣村の子」
・・・ 親の代からの印刷業で、日がな一日油とインキに染って、こつこつ活字を拾うことだけを仕事にして、ミルクホール一軒覗きもしなかった。二十九の年に似合わぬ、坂田はんは堅造だ、変骨だといわれていた。両親がなく、だから早く嫁をと世話しかける人があ・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・貴様は仕合ぞ、命を拾うたちゅうもんじゃぞ! 骨にも動脈にも触れちょらん。如何して此三昼夜ばッか活ちょったか? 何を食うちょったか?」「何も食いません。」「水は飲まんじゃったか?」「敵の吸筒を……看護長殿、今は談話が出来ません。も・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫