・・・あなたを夫に持つことは不可能だということが分かっていました。事によったら、あなたを夫に持ちたくは無かったかも知れません。それですからわたくしは二度目の夫を持ちましても、あなたの記念を涜したのではございません。二度目の夫を持ってからも、わたく・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・要するもの はおよそ千坪ばかりの平坦なる地面(芝生ならばなお善皮にて包みたる小球(直径二寸ばかりにして中は護謨、糸の類にて充実投者が投げたる球を打つべき木の棒(長さ四尺ばかりにして先の方やや太く手にて持つ処一尺四方ばかりの荒布にて坐蒲団のご・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・もっとも拙者も数々敵を持つ身じゃ。万一途中相果てたなれば、金子はそのままそちに遣わす。どうじゃ」「へい。それはきっとお預かりいたしまするでございます」「左様か。あいや。金子はこれにじゃ。そち自ら蓋を開いて一応改めくれい。エイヤ。はい・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・人間が愛するものを持つことが出来ず、又愛するものが死んでも平気でいられるように出来ていたら、人生はうるおいのないものになるだろう。純粋にそれを味わい得ることは稀だ」その純粋に経験された場合として、愛らしい夏子と村岡と夏子の死が扱われているわ・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・母親が霍乱で夜明まで持つまいと申すことでござります。どうぞ格別の思召でお暇を下さって、一目お逢わせ下さるようにと、そう云うのだ。急げ」「は」と云って、文吉は錦町の方角へ駆け出した。 酒井亀之進の邸では、今宵奥のひけが遅くて、りよ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・殊に子供を持つようになってからはなおさらそれが激しくなった。親としての作家と、作家としての作家と、区別はないようであるけれども、駄作を承認する襟度に一層の自信を持つようになったのは、親としての作家が混合して来た結果である場合によることが多い・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ そういうことの行なわれていた間の日本人の思想的情況を知る材料として、私は『甲陽軍鑑』に非常に興味を持つのである。 この書は、それ自身の標榜するところによると、武田信玄の老臣高坂弾正信昌が、勝頼の長篠敗戦のあとで、若い主人のために書・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫