・・・しかしそういう場合であっても、もしも入場していた市民がそのような危急の場合に対する充分な知識と訓練を持ち合わせていて、そうしてかねてから訓練を積んだ責任ある指揮者の指揮に従って合理的統整的行動を取ることができれば、たとえ二万人三万人の群集が・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・つまり写真機を持って歩くのは、生来持ち合わせている二つの目のほかに、もう一つ別な新しい目を持って歩くということになるのである。 顕微鏡も、やはりわれわれの目のほかのもう一つの目である。この目で手近な平凡なものをのぞいて見ると自分のいる周・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・それにかかわらずいつも充分な自信をもって自由に飛行して目的地に達するとすれば、そのためには何か物理学的な測量方法を持ち合わせていると考えないわけにはゆかないのである。 これに連関してまた、五位鷺や雁などが飛びながらおりおり鳴くのも、単に・・・ 寺田寅彦 「疑問と空想」
・・・というものには一つも持ち合わせがない。しかしこれらの店のおのおののコーヒーの味に皆区別があることだけは自然にわかる。クリームの香味にも店によって著しい相違があって、これがなかなかたいせつな味覚的要素であることもいくらかはわかるようである。コ・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・妻はいないし、うちにいる私の母も年の行かぬ下女もいずれも猫の出産に際してとるべき適当の処置についてはなんらの予備知識も持ち合わせなかったのである。 ともかくも古い柳行李のふたに古い座ぶとんを入れたのを茶の間の箪笥の影に用意してその中に三・・・ 寺田寅彦 「子猫」
西鶴の作品についてはつい近年までわずかな知識さえも持合せなかった。ところが、二、三年前にある偶然な機会から、はじめて『日本永代蔵』を読まなければならない廻り合せになった。当時R研究所での仕事に聯関して金米糖の製法について色・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・これほど精巧な生来持ち合わせの感官を捨ててしまうのは、惜しいような気がする。 たとえば耳の利用として次のようなことも考えられる。 すべての音は蓄音機のレコードの上に曲線として現わされる。反対にすべての週期的ないし擬週期的曲線は音とし・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・科学的な知識などは一つも持ち合わせなくても大政治家大法律家になれるし、大臣局長にも代議士にもなりうるという時代が到来した。科学的な仕事は技師技手に任せておけばよいというようなことになったのである。そうしてそれらの技術官は一国の政治の本筋に対・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・わずかに一階を上がるだけならば、何もわざわざ満員の昇降機によらなくても、各自持ち合わせの二本の足で上がったらよさそうにも思われる。自分の窮屈は自分で我慢すればそれでいいとしても、他の乗客の窮屈さに少しでも貢献することを遠慮したほうがよさそう・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・ ゴルフについては自分自身には少しの体験も持ち合わせないのであるが、T氏の話によるとあれのクラブの使用にもやはり自由なる手首の問題が最も大切だということになっているそうである。 いわゆるスモークボールを飛ばして打者を眩惑する名投手グ・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
出典:青空文庫