・・・彼等は仇を取った後、警官の捕縛するところとなり、ことごとく監獄に投ぜられた。しかも裁判を重ねた結果、主犯蟹は死刑になり、臼、蜂、卵等の共犯は無期徒刑の宣告を受けたのである。お伽噺のみしか知らない読者はこう云う彼等の運命に、怪訝の念を持つかも・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・ 罪に触れた者が捕縛を恐れて逃げ隠れしてる内は、一刻も精神の休まる時が無く、夜も安くは眠られないが、いよいよ捕えられて獄中の人となってしまえば、気も安く心も暢びて、愉快に熟睡されると聞くが、自分の今夜の状態はそれに等しいのであるが、将来・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・そんなことが頭に残っていたからであろう、近くに二度ほど火事があった、そのたびに漠とした、捕縛されそうな不安に襲われた。「この辺を散歩していたろう」と言われ、「お前の捨てた煙草からだ」と言われたら、なんとも抗弁する余地がないような気がした。ま・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・ その学徒の一人のピシアスという人が、シラキュースに来ておりましたが、それがいつもディオニシアスに反抗しているように睨まれて捕縛されました。ディオニシアスはいきなり死刑を言いわたしました。 ピシアスは、それでは仰のままに殺しておもら・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・ 愛は、愛は、捕縛できない宇宙的な、いいえ先験的なヌウメンです。どんな素晴らしいフェノメンも愛のほんの一部分の註釈にすぎません。ああ、またもや甘ったるい事を言いました。お笑い下さいませ。愛は、人を無能にいたします。私は、まけました。・・・ 太宰治 「古典風」
・・・たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。調べられて、メロスの懐中からは短剣が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。メロスは、王の前に引き出された。「この短刀で何をするつもりであったか。言え!」暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以て・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・首尾よく不喫烟室に乗り込むまではよかったが、おれはそこで捕縛せられた。 おれは五時間の予審を受けた。何もかも白状した。しかし裁判官達には、おれがなぜそんな事をしたか分からない。「襟だって価のある物品ではありませんか」と、裁判官も検事・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 夜になると浅い眠りに、捕縛される時の夢を見る。眠りが覚めると、監獄の中に寝てるくせに、――まあよかった――と思う。引っ張られる時より引っ張られてからは、どんなに楽なものか。 私は窓から、外を眺めて絶えず声帯の運動をやっていた。それ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・窃盗博徒といえども、これを捕縛してもらさざるは、法律上において称すべき事なれども、その囚徒が獄内に充満するは、祝すべきに非ず。窃盗博徒、なおかつ然り、いわんや字を知る文人学者においてをや。国のためにもっとも悲しむべき事なり。この一段にいたり・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・中津藩においては古来未曾有の大事件、もしこの事をして三十年の前にあらしめなば、即日にその党与を捕縛して遺類なきは疑を容れざるところなれども、如何せん、この時の事勢においてこれを抑制すること能わず、ついに姑息の策に出で、その執政を黜けて一時の・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫