・・・姉は二度起こしても省作がまだ起きないから、少しぷんとしてなお荒っぽく座敷を掃く。竈屋の方では、下女が火を焚き始めた。豆殻をたくのでパチパチパチ盛んに音がする。鶏もいつのまか降りて羽ばたきする。コウコウ牝鶏が鳴く。省作もいよいよ起きねばならん・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 勿論僕とは大の仲好しで、座敷を掃くと云っては僕の所をのぞく、障子をはたくと云っては僕の座敷へ這入ってくる、私も本が読みたいの手習がしたいのと云う、たまにはハタキの柄で僕の背中を突いたり、僕の耳を摘まんだりして逃げてゆく。僕も民子の姿を・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・きたない……掃くひまもなかったのか? フ!」 ドミトリーはこの頃見えはじめた自分の家庭の内の文化の低さに我慢出来ないように溜息した。彼は、ハンケチを出して額をなでまわした。ハンケチには香水がついている。グラフィーラは後毛をたらしたまま、・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・そのうちある晩風雪になって、雨戸の外では風の音がひゅうひゅうとして、庭に植えてある竹がおりおり箒で掃くように戸を摩る。十時頃に下女が茶を入れて持って来て、どうもひどい晩でございますねというような事を言って、暫くもじもじしていた。宮沢は自分が・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫