・・・「ハーイ、わしがおふくろは専売局の便所掃除でござります。どうせ身分がちごうけん、考えもちがいましょうたい」 高わらいしながら、そのくせポロポロ涙をこぼしている小野をみると、学生たちも黙ってしまう。それで、そのつぎにくる瞬間をおそれて・・・ 徳永直 「白い道」
・・・「寒くなってから火鉢の掃除する奴があるか。気のきかん者ばかり居る。」と或朝、父の小言が、一家中に響き渡った。 がたんがたんと、戸、障子、欄間の張紙が動く。縁先の植込みに、淋しい風の音が、水でも打ちあけるように、突然聞えて突然に断える・・・ 永井荷風 「狐」
・・・西洋には爪を綺麗に掃除したり恰好をよくするという商売があります。近頃日本でも美顔術といって顔の垢を吸出して見たり、クリームを塗抹して見たりいろいろの化粧をしてくれる専門家が出て来ましたが、ああいう商売はおそらく昔はないのでしょう。今日のよう・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・街路は清潔に掃除されて、鋪石がしっとりと露に濡れていた。どの商店も小綺麗にさっぱりして、磨いた硝子の飾窓には、様々の珍しい商品が並んでいた。珈琲店の軒には花樹が茂り、町に日蔭のある情趣を添えていた。四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋の店にい・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 彼は鼻の穴を気にしながら遂々十一時間、――その間に昼飯と三時休みと二度だけ休みがあったんだが、昼の時は腹の空いてる為めに、も一つはミキサーを掃除していて暇がなかったため、遂々鼻にまで手が届かなかった――の間、鼻を掃除しなかった。彼の鼻・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・その間にお掃除をして、じきにお酒にするようにしておきますよ。花魁、お連れ申して下さい。はい」と、お熊は善吉の前に楊枝箱を出した。 善吉は吉原楊枝の房をむしッては火鉢の火にくべている。「お誂えは何を通しましょうね。早朝んですから、何も・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・金穀の会計より掃除・取次にいたるまで、生徒、読書のかたわらにこれを勤め、教授の権も出納の権も、読書社中の一手にこれをとるがゆえに、社中おのおの自家の思をなし、おのおの自からその裨益を謀て、会計に心を用うること深切なり。その得、二なり。一・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・入口から這入る所は狭いベトンの道になっていて、それが綺麗に掃除してある。奥の正面に引っ込んだ住いがある。別荘造りのような構えで、真ん中に広い階段があって、右の隅に寄せて勝手口の梯が設けてある。家番に問えば、目指す家は奥の住いだと云った。・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・それから四年生と六年生の人は、先生といっしょに教室のお掃除をしましょう。ではここまで。」 一郎が気をつけ、と言いみんなは一ぺんに立ちました。うしろの大人も扇を下にさげて立ちました。「礼。」先生もみんなも礼をしました。うしろの大人も軽・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ その次の日から、一つ寝返りをうつにも若い男のゆったりした腕が、栄蔵の体の下へ入れられ、部屋の掃除などと云うと、布団ごと隣の部屋へ引きずって行く位の事は楽々された。 お節はこの力強い手代りをいかほどよろこんだか知れない。「ほ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫