・・・その声を聞いたばかりでも、誰だろうくらいな推量はすぐについたからでしょう。あの優しい含み声の返事も、その時は震えていたようですが、やがて静に障子が開くと、梱越しに手をついた、やつやつしいお敏の姿が、次の間からさす電燈の光を浴びて、今でも泣い・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ ――消さないかい―― ――堪忍して―― 是非と言えば、さめざめと、名の白露が姿を散らして消えるばかりに泣きますが。推量して下さいまし、愛想尽しと思うがままよ、鬼だか蛇だか知らない男と一つ処……せめて、神仏の前で輝いた、あの、光・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・「あッあ、推量々々。」と対手にならず、人の環の底に掠れた声、地の下にて踊るよう。「お次は相場の当る法、弁ずるまでもありませんよ。……我人ともに年中螻では不可ません、一攫千金、お茶の子の朝飯前という……次は、」 と細字に認めた行燈・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・彼の坊さんは草の枯れた広野を分けて衣の裾を高くはしょり霜月の十八日の夜の道を宵なので月もなく推量してたどって行くと脇道から人の足音がかるくたちどまったかと思うと大男が槍のさやをはらってとびかかるのをびっくりして逃げる時にふりかえって見ると最・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・ 為さんはわざと恍けた顔をして、「へええ、じゃ私の推量は違いましたかね」とさらに膝の相触れるまで近づいて、「そう聞きゃ一つ物は相談だが、どうです? お上さん、親方の遺言に私じゃ間に合いますめえか……」「畜生! 何言やがる」 お光・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・、何とも合点が行かず、痩せて居れども強そうに、今は貧相なれども前には人の上に立てるかとも思われ、盗賊の道の附入りということを現在には為したのなれど、癇癖強くて正しく意地を張りそうにも見え、すべて何とも推量に余る人品であった。その不気味な男が・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・青森市で焼かれてこちらへ移って来たひとかも知れないと安易に推量したが、果してそれは当っていた。そうして、氏名は、 竹内トキ となっていた。女房の通帳かしら、くらいに思っていたが、しかし、それは違っていた。 かれは、それを窓口に差・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・それに私は東京に於いて、彼の推量の如くそんな、芸者を泣かせたりして遊んだ覚えは一度だって無い。おもに屋台のヤキトリ屋で、泡盛や焼酎を飲み、管を巻いていたのである。私は東京に於いて、彼の所謂「女で大しくじり」をして、それも一度や二度でない、た・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・それは読者の推量にまかせる。静子夫人は、草田氏の手許に引きとられ、そのとしの暮に自殺した。僕の不安は増大する一方である。なんだか天才の絵のようだ。おのずから忠直卿の物語など思い出され、或る夜ふと、忠直卿も事実素晴らしい剣術の達人だったのでは・・・ 太宰治 「水仙」
・・・如く、仙台の河北新報社から発行せられて、それは勿論、関東関西四国九州の店頭にも姿をあらわしているに違いありませぬが、しかし、この雑誌のおもな読者はやはり東北地方、しかも仙台附近に最も多いのではないかと推量されます。 私はそれを頼みの綱と・・・ 太宰治 「たずねびと」
出典:青空文庫