・・・上、殆んど望んで得べからざるほどの人物理想を描いたのに対して極めて通常のものをそのまま、そのままという所に重きを置いて世態をありのままに欠点も、弱点も、表裏ともに、一元にあらぬ二元以上にわたって実際を描き出すのであります。従ってカーライルの・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・二はこれを描き出すに当って使用する線及び点が、描き出される物の形状や色合とは比較的独立して、それ自身において、一種の手際を帯びて来る事であります。この第二の技術は技術でありかつ理想をもあらわしているからして純然たる技巧と見る訳には参りません・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・あの空とあの雲の間が海で、浪の噛む切立ち岩の上に巨巌を刻んで地から生えた様なのが夜鴉の城であると、ウィリアムは見えぬ所を想像で描き出す。若しその薄黒く潮風に吹き曝された角窓の裏に一人物を画き足したなら死竜は忽ち活きて天に騰るのである。天晴に・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・この種の理想は今人にして古代の事物を詠み、いまだ行かざる地の景色風俗を写し、かつて見ざるある社会の情状を描き出すものこれなり。ここに理想的というは実験的に対していうものにして両者を包含す。 文学の実験に依らざるべからざるはなお絵画の写生・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・作家は、都会人的な複雑な自身の環境から、その生い立ちとともに与えられた資質や一種の美的姿勢や敏感さから、それらのテーマが主観のうちに重大であり、客観的に注目をひくものであればあるだけ、いきなりの表現で描き出すことは避けてゆくたちの作家であっ・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 社会と思想とが大きい波をかぶりつつ経て来た日本のこの数年間の生活の思い出を、あたり前の文学上のもの云いで語らず、こういう鬼や地獄をひき出して描き出すこの作者のポーズ、スタイルというようなものと、今日大陸文学懇談会とかいうところの一・・・ 宮本百合子 「観念性と抒情性」
・・・『くにのあゆみ』が、従来のように東洋における覇権の争奪者としての日本を描き出す態度をすてて、平静に、われらが生国日本における民族生活の推移と、諸外国との関係を扱っているのは当然である。新制『くにのあゆみ』は、その点に特別の配慮がされてい・・・ 宮本百合子 「『くにのあゆみ』について」
・・・この散文精神という表現は武田さんが三四年前云い出されたことで、云い出された心持には、現実に肉迫して行ってそこにあるものをそれなり描き出すことで、現代のあるがままの姿そのものに語らしめようという気持が基調となっていたと思う。現実の複雑な力のき・・・ 宮本百合子 「現実と文学」
・・・ 現代、明るさの真実な姿を芸術に描き出すことは決してやさしいことではなく、事件の目出度い大団円がとりも直さぬ明るさとして納得されにくい例は、別な場合であるが徳永直氏の「はたらく人々」の後半のまとめかたにも見られる。明日への課題として、芸・・・ 宮本百合子 「「建設の明暗」の印象」
・・・大まかに、社会と人間の有機的な諸関係をその歴史の積極な方向――社会主義の展望において描き出す、という規定を土台としているだけである。プロレタリア文学の時代、その最後の段階で、「前衛の目をもって描け」と云われたことは、社会主義リアリズムへ展開・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
出典:青空文庫