・・・家へ帰って浴衣も着換える訳に行かなくなる。この暑いのに剣ばかり下げていなければすまないのは可哀想だ。騎兵とは馬に乗るものである。これも御尤には違ないが、いくら騎兵だって年が年中馬に乗りつづけに乗っている訳にも行かないじゃありませんか。少しは・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・「それから鍛冶屋の前で、馬の沓を替えるところを見て来たが実に巧みなものだね」「どうも寺だけにしては、ちと、時間が長過ぎると思った。馬の沓がそんなに珍しいかい」「珍らしくなくっても、見たのさ。君、あれに使う道具が幾通りあると思う」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・それをもう一遍云い換えると、この三者を自由に享け楽しむためには、その三つのものの背後にあるべき人格の支配を受ける必要が起って来るというのです。もし人格のないものがむやみに個性を発展しようとすると、他を妨害する、権力を用いようとすると、濫用に・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・このように一つの物が、視線の方角を換えることで、二つの別々の面を持ってること。同じ一つの現象が、その隠された「秘密の裏側」を持っているということほど、メタフィジックの神秘を包んだ問題はない。私は昔子供の時、壁にかけた額の絵を見て、いつも熱心・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・……私は仕事とあなたとをとり代えることは出来ないんだから……」 両手で顔をおさえてドミトリーは椅子に坐っている。インガは、近よって行って、ドミトリーの髪を撫でた。ドミトリーには、ただ女友達が、妻がいったのだ。インガは、今はっきりそれを理・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 火の玉の様になった栄蔵のわきで手拭を代える事を怠らずに、お節は二夜、まんじりともしなかった。 四日五日と熱は一分位ずつ下って、十日目には手にも熱く感じない様になってお節は厚く礼を述べて借りて居た計温器を医者に返した。 一日一日・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 清水は、ふと気を換えるように、「この詩を知っていますか」と、イガグリ頭を仰向けるように眼を瞑り、節をつけて何かの漢詩を吟じた。古来孝子は親の、名を口にするのさえも畏れ遠慮するというような意味のことをうたった詩である。「わか・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 洗濯毛布が入って毛布が二枚になったら、厚い夜着と代えることが出来るでしょうか? 夜着は十二月に出来ますが、ダラダララインは、今私の舌たらずな発音では大変言いにくくて、ダアダア、アインと聞えるそうです、一層悪いわね。 大学書林は一年一回・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・悟性活動をするものが人間で、その悟性活動に感覚活動を根本的に置き代えるなどと云うことは絶対に赦さるべきことではない。或いは彼らの感覚的作物に対する貶称意味が感覚の外面的糊塗なるが故に感覚派の作物は無価値であると云うならば、それは要するに感覚・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・の区別に代えるとすれば、この「ある」と「ない」の区別は美術にとって最も根本的なものでなくてはならない。 この「真実」と「虚偽」、あるいは「ある」と「ない」の区別が、我々に芸術の real と unreal の区別を感じさせるのである。我・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
出典:青空文庫