・・・省作が目をさました時は、満蔵であろう、土間で米を搗く響きがずーんずーと調子よく響いていた。雨で家にいるとせば、繩でもなうくらいだから、省作は腹の中ではよいあんばいだわいと思いながら元気よく起きた。 省作は今日休ませてもらいたいのだけれど・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・を助けて働く者はお絹お常とて一人は主人の姪、一人は女房の姪、お絹はやせ形の年上、お常は丸く肥りて色白く、都ならば看板娘の役なれどこの二人は衣装にも振りにも頓着なく、糯米を磨ぐことから小豆を煮ること餅を舂くことまで男のように働き、それで苦情一・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 裏では初やが米を搗く。 自分は小母さんたちと床を列べて座敷へ寝る。 枕が大きくて柔かいから嬉しいと言うと、この夏にはうっかりしていたが、あんな枕では頭に悪いからと小母さんがいう。藤さんはこの枕を急いで拵えてから、あだに十日・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・滅多に下りると滑って尻餅を搗く。険呑だと八合目あたりから下を見て覘をつける。暗くて何もよく見えぬ。左の土手から古榎が無遠慮に枝を突き出して日の目の通わぬほどに坂を蔽うているから、昼でもこの坂を下りる時は谷の底へ落ちると同様あまり善い心持では・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・米も自分で搗くよりも人の搗いたのを買うということになる。その代りに自分は自分で米を搗き自分で着物を織ると同程度の或る専門的の事を人に向ってしつつあるという訳になる。私はいまだかつて衣物を織ったこともなければ、靴足袋を縫ったこともないけれども・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ただ餅を搗く音だけする。 自分はあるたけの視力で鏡の角を覗き込むようにして見た。すると帳場格子のうちに、いつの間にか一人の女が坐っている。色の浅黒い眉毛の濃い大柄な女で、髪を銀杏返しに結って、黒繻子の半襟のかかった素袷で、立膝のまま、札・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・ 窮した彼は、近所の山から掘り出す白土――米を搗くときに混ぜたり、磨き粉に使ったりする白い泥――を、町の入口まで運搬する人足になっていたのである。 できるだけ賃銭を貰いたさに、普通一俵としてあるところを、二俵も背負っているので、そん・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫