・・・渋紙した顔に黒痘痕、塵を飛ばしたようで、尖がった目の光、髪はげ、眉薄く、頬骨の張った、その顔容を見ないでも、夜露ばかり雨のないのに、その高足駄の音で分る、本田摂理と申す、この宮の社司で……草履か高足駄の他は、下駄を穿かないお神官。 小児・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ヴィナスが自分の番をかえりみてくれる摂理を待つべきだ。学生の場合早すぎるのは危険な場合が多いが、遅いのは心配することはない。 恋をあさる害毒 その青春時代を早期から、多くの恋愛を経験したいというような考えは捨て去・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ただ一なるまことの神はいまし給う、それから神の摂理ははかるべからずと斯うである。これに賛せざる諸君よ、諸君は尚かの中世の煩瑣哲学の残骸を以てこの明るく楽しく流動止まざる一千九百二十年代の人心に臨まんとするのであるか。今日宗教の最大要件は簡潔・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・余は主の摂理願くば彼と彼女との上に裕かにして、嫉みによりて破られし総てが愛によりて酬はれん事を望むや切なり。……」 後年、有島武郎が客観的に見れば平凡と云い得る女主人公葉子に対して示した作家的傾倒の根源は既に遠い昔に源をもっているこ・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・此の恐るべき文学の包括力が、マルクスをさえも一個の単なる素材となすのみならず、宇宙の廻転さえも、及び他の一切の摂理にまで交渉し得る能力を持っているとするならば、われわれの文学に対する共通の問題は、一体、いかなる所にあるのであろうか。それは、・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・が迫って来た時、私はただ恐怖に慄えるばかりだろうか、あるいはこれを悪魔の業として呪うだろうか、もしくはまた神の摂理として感謝をもって受けるだろうか。 もし先刻の事件をもって推論することが許されるなら、私は恐らく恐怖と呪詛とで狂い立つばか・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
・・・心霊は神の摂理の真と人道の義と美の愛と宇宙の荘厳とに烈しく動かされて物質的世界を全く超越する。生活が何である! 苦痛が何である! わが心霊は肉の痛苦に感触しない。ただ霊の本能に従って思うがままに動く。かの熱烈なる殉教者に見よ。バイロンは「シ・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫