・・・二十八年の長きにわたって当初の立案通りの過程を追って脚色の上に少しも矛盾撞着を生ぜしめなかったのは稀に見る例で、作者の頭脳の明澄透徹を証拠立てる。殊に視力を失って単なる記憶に頼るほかなくなってからでも毫も混錯しないで、一々個々の筋道を分けて・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ひとつもこの原則に撞着矛盾するものはない。ソコデ何故に物はかく螺線的運動をするのだというのが是非起る大疑問サ。僕がこの疑問に向ッて与うる説明は易々たるものだよ。曰くサ、「最も障碍の少き運動の道は必らず螺旋的なり」というので沢山サ。一体運動の・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・矛盾も撞着も頓着しないで書いているところに、この随筆集の価値があるであろう。これらの矛盾撞着によって三段論法では説けない道理を解説しているところにこの書の妙味があるであろう。 第八十段にディレッタンティズムに対する箴言がある。「人ごとに・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・我々の自己が唯一的に個となればなるほど、自己自身を限定する事として、絶対の当為に撞着するのである。あるいは我々の自己の自覚を離れて、単なる物の知識、単なる物の存在というものもあるではないかといわれるかも知れない。しかしそれらの基礎附けも、深・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・ 社会のこういう矛盾と撞着、それをみんなが知っているくせに、いちいちおどろいたり、苦しんだりしないような顔でいるくせになってしまった。しかも心は晴れていない。ロシア文学の古典の中でも、いま日本に流行しているのは、プーシュキンやゴーゴリの・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・は、人間の善意が、次第に個人環境のはにかみと孤立と自己撞着から解きはなされて現代史のプログラムに近づいてゆく、その発端の物語としてあらわれる。 一九四九年六月〔一九四九年七月〕・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・ やがて、第一次ヨーロッパ大戦にまきこまれたジャックが、どういう風に国際的な資本主義経済の自己撞着と戦争の矛盾を発見し、彼のヒューマニティーに立って社会歴史の発展に対する情熱に献身するか、それは、わたしたちの前にまだ日本訳としてあらわれ・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・ 人間の性格や気質にいろいろの癖があったり自己撞着があったりするのも畢竟は、私たちすべてのものが、ぽつんと天地の間に湧き出たものではなくて、波瀾を極める人間社会の肉体の歴史、精神の歴史の綾の裡から、またその綾に綾を加えるものとして生れ出・・・ 宮本百合子 「家庭創造の情熱」
・・・横光氏の自我、自意識というものの認識、実感の自己撞着が現れているのであるが、同時にこの不明確にしかつかまれていない自我の問題こそ、日本における能動精神、ヒューマニズムの生活的・文学的実践に、幾多の歴史的な特色を呈しつつあるのである。 さ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 今日我々がうけついでいる文化、感情、知性は、社会の歴史に制せられてその本質に様々の矛盾、撞着、蒙昧をもっていることは認めなければならない事実である。科学者が科学を見る態度にもこれをおのずから反映している。特に、今日の科学では未だ現実の・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
出典:青空文庫