・・・と、西宮は仰山らしく腕を擦る。 小万はにっこり笑ッて、「あんまりひどい目に会わせておくれでないよ、虫が発ると困るからね」「はははは。でかばちもない虫だ」と、西宮。「ほほほほ。可愛い虫さ」「油虫じゃアないか」「苦労の虫さ」・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・あのトラホームの眼のふちを擦る青い石だ。あれを五かけ、紙に包んで持って来て、ぼくをさそった。巡査に押えられるよと云ったら、田から流れて来たと云えばいいと云った。けれども毒もみは卑怯だから、ぼくは厭だと答えたら、しゅっこは少し顔いろを変えて、・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
・・・私は冬によくやる木片を焼いて髪毛に擦るとごみを吸い取ることを考えながら云いました。「行こう。今日僕うちへ一遍帰ってから、さそいに行くから。」「待ってるから。」私たちは約束しました。そしてその通りその日のひるすぎ、私たちはいっしょに出・・・ 宮沢賢治 「鳥をとるやなぎ」
・・・床を歩く群集のたてる擦るようなスースーという音。日本女はそれ等をやきつくように心に感覚しつつ郵便局の重い扉をあけたりしめたりした。 Yが帰ってから、アイサツに廻り、荷物のあまりをまとめ、疲れて、つかれて、しまいには早く汽車が出てゆっくり・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 木村は課長がまだ腰を掛けないうちに、赤札の附いた書類を持って行って、少し隔たった処に立って、課長のゆっくり書類を portefeuille から出して、硯箱の蓋を取って、墨を磨るのを見ている。墨を磨ってしまって、偶然のようにこっちへ向・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・そのうちある晩風雪になって、雨戸の外では風の音がひゅうひゅうとして、庭に植えてある竹がおりおり箒で掃くように戸を摩る。十時頃に下女が茶を入れて持って来て、どうもひどい晩でございますねというような事を言って、暫くもじもじしていた。宮沢は自分が・・・ 森鴎外 「独身」
・・・小指の爪で一寸擦ると、「こりゃ姉やんに持って来いやがなア。」と云いながらまた奥の間へ這入っていった。十 安次の小屋が組から建てられることに定ったと知ったとき、勘次は母親をその夜秋三の家へ送ったことを後悔した。しかし、今は・・・ 横光利一 「南北」
・・・その明りが消えると、また気になるので、またマッチを摩る。そして空虚を見ては気を安めるのである。 また一本のマッチを摩ったのが、ぷすぷすといって燃え上がった時、隅の方でこんなことをいうのが聞えた。「まぶしい事ね。」 フィンクはこの・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫