・・・普及に勉めたに相違あるまい、栽培宜しきを得れば必ず菓園に美菓を得る如く、以上の如き美風に依て養われたる民族が、遂に世界に優越せるも決して偶然でないように思われる、欧洲の今日あるはと云わば、人は必ず政体を云々し宗教を云々し学問を云々す、然・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・外国商売の事あり、内国物産の事あり、開墾の事あり、運送の事あり、大なるは豪商の会社より、小なるは人力車挽の仲間にいたるまで、おのおのその政を施行して自家の政体を尊奉せざる者なし。かえりみて学者の領分を見れば、学校教授の事あり、読書著述の事あ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・国の貧弱は必ずしも政体のいたすところにあらず。その罪、多くは国民の不徳にあり。一、政を美にせんとするには、まず人民の風俗を美にせざるべからず。風俗を美にせんとするには、人の智識聞見を博くし、心を脩め身を慎むの義を知らしめざるべからず。け・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・仏蘭西の政体は毎度変革すれども、教育上にはいささかも変化を見ず。その他英なり荷蘭なり、また瑞西なり、政事は政事にして教育は教育なり。その政事の然るを見て、教育法もまた然らんと思い、はなはだしきは数十百年を目的にする教育をもって目下の政事に適・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・共和政体は、合衆国が独立を宣言するより以前から、その胚種を持っていたのではないでしょうか。 困難に困難を忍びながらも、腕さえあればこれだけの収穫は見出せる! 幾エーカーと云う耕地に、小山の如く積みあげられた小麦の穂を眺めて、彼等は思わず・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ オノレ・ド・バルザックは、一七九九年五月、フランスが共和政体となった第七年目に中部フランス、トゥールの町に生れた。 貴族好みで「ド」をつけて自分の姓を呼んだが、バルザックの実際の家柄は貴族などではなく、彼が後年獰猛なのがその階・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫