・・・西瓜の嫩葉は赤蠅が来て甞めてしまうので太十は畑へつききりにしてそれを防いだ。敏捷な赤蠅はけはいを覗って飛び去るので容易に捕ることが出来ない。太十は朝まだ草葉の露のあるうちに灰を挂けて置いたりして培養に意を注いだ。やがて畑一杯に麦藁が敷かれた・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ 五人の坑夫たちは、尖ったり、凹んだりした岩角を、慌てないで、然し敏捷に導火線に火を移して歩いた。 ブスッ! シュー、と導火線はバットの火を受けると、細い煙を上げながら燃えて行った。その匂は、坑夫たちには懐しいものであった。その煙は・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ その中に、が小荷物受渡台の上に彼自身でさえ驚くような敏捷さで、飛び上った。そして顔中が口になるほど、鋭く大きい声で叫んだ。帽子を引き千切るようにとって、そいつを下に叩きつけた。メリケン粉の袋のようなズボンの一方が、九十度だけ前方へ撥ね・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・しかし聡明な、敏捷な思索家でいらっしゃるあなたには、わたくしの思っている事は、造做もなくお分りになりましょう。 あなたがまだ高等学校をお出になったばかりの青年で、わたくしの所へおいでになったころ、わたくしはその日の午後を楽しみにいたして・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 小さいつつじの蔭をぬけたり、つわぶきの枯れ葉にじゃれついたり、活溌な男の子のように、白い体をくるくる敏捷にころがして春先の庭を駆け廻る。 私は、久しぶりで、三つ四つの幼児を見るように楽しい、暖い、微笑ましい心持になって来た。子供の・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・せんべい焼の黒い鉄の道具は柄が長くて、その長い柄をつかんで、左手、右手で敏捷にひっくりかえしつづけるのは、力がいる仕事らしかった。火気からはなれることないその仕事で、早くから白いちぢみのシャツ一枚に、魚屋のはいていたような白い短い股引をきる・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・同時に、軍事的行動の間に要求される広汎で敏捷な文化活動の任務をテキパキ処理して行く程ふだんから赤軍の兵士たちの生活に親しく接しているかどうかという問題になると、現在のところ否と答えざるを得ない。 ソヴェトのプロレタリア作家達は反ソヴェト・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・その目的にしたがい、日頃の訓練によって刻々の危険から身をかわしつつ、最大の科学性と敏捷と果断によって行動して、英雄的な成果をあげ得た。英雄的なものに対する感動はそのときむしろ手をつかねて傍観していた人々の心持を湧き立たすのであって、その消防・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・木村よりは三つ四つ歳の少い法学博士で、目附鼻附の緊まった、余地の少い、敏捷らしい顔に、金縁の目金を掛けている。「昨日お命じの事件を」と云いさして、書類を出す。課長は受け取って、ざっと読んで見て、「これで好い」と云った。 木村は重荷を・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・口に出して言いつけられぬうちに、何の用事でも果たすような、敏捷な若者で、武芸は同じ年頃の同輩に、傍へ寄りつく者もないほどであった。それに遊芸が巧者で、ことに笛を上手に吹いた。 ある時信康は物詣でに往った帰りに、城下のはずれを通った。ちょ・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫