・・・私のようなことを言って救いを乞いに廻る者も希しくないところから、また例のぐらいで土地の者は対手にしないのだ。 私は途方に晦れながら、それでもブラブラと当もなしに町を歩いた。町外れの海に臨んだ突端しに、名高い八幡宮がある。そこの高い石段を・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・うか、それとも、与謝野晶子、斎藤茂吉の初期の短歌の如く新感覚派にも似た新しい官能の文学であろうか、あるいは頽廃派の自虐と自嘲を含んだ肉体悲哀の文学であろうか、肉体のデカダンスの底に陥ることによってのみ救いを求めようとするネオ・デカダニズムの・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・はや恥も外聞も忘れて、腫物一切にご利益があると近所の人に聴いた生駒の石切まで一代の腰巻を持って行き、特等の祈祷をしてもらった足で、南無石切大明神様、なにとぞご利益をもって哀れなる二十六歳の女の子宮癌を救いたまえと、あらぬことを口走りながらお・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・(何処からか、救いのお使者がありそうなものだ。自分は大した贅沢な生活を望んで居るのではない、大した欲望を抱いて居るのではない、月に三十五円もあれば自分等家族五人が饑彼にはよくこんなことが空想されたが、併しこの何ヵ月は、それが何処からも出ては・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ましいような気持にさえなってきて、自分の現在の生活を出るというためからも、こうした怪しげな文筆など棄てて、ああした不幸な青年たちに直接に、自分として持ってきたすべてを捧げたい――そうしたところに自分の救いの道があるのではあるまいか、などと、・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ 若し此運命から僕を救い得る人があるなら、僕は謹しんで教を奉じます。其人は僕の救主です。」 七 自分は一言を交えないで以上の物語を聞いた。聞き終って暫くは一言も発し得なかった。成程悲惨なる境遇に陥った人であると・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・強いてやっていけるにしても、それよりも就職して収入を増し、家庭の窮迫を救いたくなるであろう。そしてそのことはまた家庭の団欒と母性愛を損じる。 職業か結婚かの問題は普通の婦人の場合結婚せずして幸福であり得るはずはない。結婚生活の窮乏に堪え・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・成る程、人道主義者には此処はあんなにも悲痛で、陰惨で、救いのないものに見えるかも知れないが未来を決して見失うことのないプロレタリアートは何処にいようが「朗か」である。のん気に鼻唄さえうたっている。 時々廊下で他の「編笠」と会うことがある・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・震災後は働きたいにも仕事がないと言って救いを求めるもの、私たちの家へ来るまでに二日も食わなかったというもの、そういう人たちを見るたびに私は自分の腰に巻きつけた帯の間から蝦蟇口を取り出して金を分けることもあり、自分の部屋の押入れから古本を取り・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・しかしておかあさんがむすめを抱かないほうの手を延ばしてその枝をつかむと、松はみずから立ちなおって、うれいにしずむおかあさんを沢の中から救い上げてくれました。 その時霧はふきはらわれて、太陽はまた照り始めました。しかして二人は第四の門に近・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
出典:青空文庫