・・・ 教壇の方を見ると、繩でくくった浅草紙や、手ぬぐいの截らないのが、雑然として取乱された中で、平塚君や国富君や清水君が、黒板へ、罹災民の数やら塩せんべいの数やらを書いてせっせと引いたり割ったりしている。急いで書くせいか、数字までせっせと忙・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・ が、読本と出席簿とを抱えた毛利先生は、あたかも眼中に生徒のないような、悠然とした態度を示しながら、一段高い教壇に登って、自分たちの敬礼に答えると、いかにも人の好さそうな、血色の悪い丸顔に愛嬌のある微笑を漂わせて、「諸君」と、金切声・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ 小野が、教壇の上に立たされて、頭をかいていると、女の尾沢先生が、山田をつれて教室にはいってこられました。「これから気をつけて、騒がないといいますから、どうぞ、こんどだけは、許してあげてくださいまし。」と、あやまってくださいました。・・・ 小川未明 「政ちゃんと赤いりんご」
・・・教授は教壇の肘掛椅子にだらしなく坐り、さもさも不気嫌そうに言い放った。 ――こんな問題じゃ落第したくてもできめえ。 大学生たちは、ひくく力なく笑った。われも笑った。教授はそれから訳のわからぬフランス語を二言三言つぶやき、教壇の机のう・・・ 太宰治 「逆行」
・・・Most Excellent! 教壇をあちこち歩きまわりながらうつむいて言いつづけた。Is this essay absolutely original? 彼は眉をあげて答えた。Of course. クラスの生徒たちは、どっと奇怪な喚声をあ・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・手さぐりで教壇に這い上ったりなんかしている。自分の身の上の変化には、いっさい留意していない様子だ。 私は妻と子を教室に置いて、私たちの家がどうなっているかを見とどけに出かけた。道の両側の家がまだ燃えているので、熱いやら、けむいやら、道を・・・ 太宰治 「薄明」
・・・正面は教壇、その前方に生徒の机、椅子二、三十。下手のガラス戸から、斜陽がさし込んでいる。上手も、ガラス戸。それから、出入口。その外は廊下。廊下のガラス戸から海が見える。全校生徒、百五十人くらいの学校の気持。正面の黒板には、次のよ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ある時は仕官懸命の地をうらやみ、まさか仏籬祖室の扉の奥にはいろうとは、思わなかったけれど、教壇に立って生徒を叱る身振りにあこがれ、機関車あやつる火夫の姿に恍惚として、また、しさいらしく帳簿しらべる銀行員に清楚を感じ、医者の金鎖の重厚に圧倒さ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・たとえば、最後の幕で、教授が昔なつかしい教壇の闇に立ってのあのことさらな独白などは全くないほうがいい。また映画ではここでびっこの小使いが現われ、それがびっこをひくので手にさげた燭火のスポットライトが壁面に高く低く踊りながら進行してそれがなん・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・尤も、いわゆる随筆にも色々あって、中には教壇から見下ろして読者を教訓するような態度で書かれたものもあり、お茶をのみながら友達に話をするような体裁のものもあり、あるいはまた独り言ないし寝言のようなものもあるであろうが、たとえどういう形式をとっ・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
出典:青空文庫