・・・たとえば日本の歴史教科書は一度もこう云う敗戦の記事を掲げたことはないではないか?「大唐の軍将、戦艦一百七十艘を率いて白村江(朝鮮忠清道舒川県に陣列れり。戊申(天智天皇日本の船師、始めて至り、大唐の船師と合戦う。日本利あらずして退く。己酉・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・保吉は英吉利語の教科書の中に難解の個所を発見すると、必ず粟野さんに教わりに出かけた。難解の、――もっとも時間を節約するために、時には辞書を引いて見ずに教わりに出かけたこともない訣ではない。が、こう云う場合には粟野さんに対する礼儀上、当惑の風・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・――彼女はふと女学校の教科書にそんなことも書いてあったように感じ、早速用箪笥の抽斗から古い家政読本を二冊出した。それ等の本はいつの間にか手ずれの痕さえ煤けていた。のみならずまた争われない過去の匂を放っていた。たね子は細い膝の上にそれ等の本を・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・これは茶の間へ行く間に、教科書其他のはいっている手提鞄を、そこへ置いて行くのが習慣になっているからでございます。 すると、私の眼の前には、たちまち意外な光景が現れました。北向きの窓の前にある机と、その前にある輪転椅子と、そうしてそれらを・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・が、その感じから暗澹たる色彩を奪ったのは、ほとんど美しいとでも形容したい、光滑々たる先生の禿げ頭で、これまた後頭部のあたりに、種々たる胡麻塩の髪の毛が、わずかに残喘を保っていたが、大部分は博物の教科書に画が出ている駝鳥の卵なるものと相違はな・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・小学校の教科書と詩も半分はなって来た。新聞にだって三分の一は時代語で書いてある。先を越してローマ字を使う人さえある。A それだけ混乱していたら沢山じゃないか。B うむ。そうすっとまだまだか。A まだまだ。日本は今三分の一まで来た・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・「私が学校で要る教科書が買えなかったので、親仁が思切って、阿母の記念の錦絵を、古本屋に売ったのを、平さんが買戻して、蔵っといてくれた。その絵の事だよ。」 時雨の雲の暗い晩、寂しい水菜で夕餉が済む、と箸も下に置かぬ前から、織次はどうし・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 学校に於ける画一教育の長所と短所は、すでに世論によって明にされたるが如く、彼等の、社会的という言葉の意味は、個性を没却し、特色を失うということであってはならない、全国一様の教科書は、単に学術的知識を教うるに役立つけれど、その知識が・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・ 国定教科書にあったのか小学唱歌にあったのか、少年の時に歌った歌の文句が憶い出された。その言葉には何のたくみも感ぜられなかったけれど、彼が少年だった時代、その歌によって抱いたしんに朗らかな新鮮な想像が、思いがけず彼の胸におし寄せ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・そのテーブルの上には教科書その他の書籍を丁寧に重ね、筆墨の類までけっして乱雑に置いてはない。で彼は日曜のいい天気なるにもかかわらず何の本か、脇目もふらないで読んでいるので、僕はそのそばに行って、「何を読んでいるのだ」といいながら見ると、・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
出典:青空文庫