・・・ 丘のそこかしこ、それから、丘のふもとの草原が延びて行こうとしているあたり、そこらへんに、露西亜人の家が点々として散在していた。革命を恐れて、本国から逃げて来た者もあった。前々から、西伯利亜に土着している者もあった。 彼等はいずれも・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 三 山の麓のさびれた高い鐘楼と教会堂の下に麓から谷間へかけて、五六十戸ばかりの家が所々群がり、また時には、二三戸だけとびはなれて散在していた。これがユフカ村だった。村が静かに、平和に息づいていた。 兵士達は・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・旧い都が倒れかかって、未だそこここに徳川時代からの遺物も散在しているところは――丁度、熾んに燃えている火と、煙と、人とに満された火事場の雑踏を思い起させる。新東京――これから建設されようとする大都会――それはおのずからこの打破と、崩壊と、驚・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・やっとのことで崖の上までたどりつき、脚下の様を眺めたら、まばらに散在している鎌倉の街の家々の灯が、手に取るように見えたのだ。熊は、うろうろ場所を捜した。薬品に依って頭脳を麻痺させているわけでもなし、また、お酒に勢いを借りているわけでもない。・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ ふりかえって、まちを見ると、ただ、ぱらぱらと灯が散在していて、「こどものじぶん、」Kは立ちどまって、話かける。「絵葉書に針でもってぷつぷつ穴をあけて、ランプの光に透かしてみると、その絵葉書の洋館や森や軍艦に、きれいなイルミネエショ・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・ そんな事はどうでもよいが、私の眼についたのは、この灰色の四十平方寸ばかりの面積の上に不規則に散在しているさまざまの斑点であった。 先ず一番に気の付くのは赤や青や紫や美しい色彩を帯びた斑点である。大きいのでせいぜい二、三分四方、小さ・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・ら峰の茶屋への九十九折の坂道の両脇の崖を見ると、上から下まで全部が浅間から噴出した小粒な軽石の堆積であるが、上端から約一メートルくらい下に、薄い黒土の層があって、その中に樹の根や草の根の枯れ朽ちたのが散在している。事によると、昔のある時代に・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ 厚さ一センチ程度で長さ二十センチもある扁平な板切れのような、たとえば松樹の皮の鱗片の大きいのといったような相貌をした岩片も散在している。このままの形で降ったものか、それとも大きな岩塊の表層が剥脱したものか、どうか、これだけでは判断しに・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・そうした例も実際捜せばところどころには散在するのである。 それはいずれにしても、武士道というものに対しても西鶴が独自の見解をもっていて、その不合理と矛盾から起る弊害を指摘する心持があったであろうという想像は、マテリアリストとしての彼の全・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 流は千葉街道からしきりと東南の方へ迂回して、両岸とも貧しげな人家の散在した陋巷を過ぎ、省線電車の線路をよこぎると、ここに再び田と畠との間を流れる美しい野川になる。しかしその眺望のひろびろしたことは、わたくしが朝夕その仮寓から見る諏訪田・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
出典:青空文庫