これから書こうとするのは、筋も何もない漫筆だ。今日など、東京へ帰って見ると、なかなか暑い。いろいろ気むずかしいことなど書きたくない。それゆえ、これを読んで下さるかもしれぬ数多い方々の中に、私の親しい友達の一人二人を数えこみ・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・文学は、少くとも文学的天才の通力だけによる所産でないことが明らかになり、人類の歴史に数多い文学の傑作は、その当時の歴史の計らざる鏡としてますます愛すべきことを学んだ。一つの小説を、最もゆたかな奥行きと、人間生活の最も綜合的な角度で味う方法を・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・ 婦人作家がこの一年に比較的数多い作品を発表もしたのは一般に高まった文学性への要求と婦人作家たちの共通性である芸術至上の傾向によるものであるとされ、それは、男の作家がこの二三年の世相の推移につれ、その社会性の積極さの故に陥った混乱に対置・・・ 宮本百合子 「地の塩文学の塩」
・・・ その数多い話の中で一番私を喜ばせもし又自分の何も知らない事を悲しませたのは、ノアの洪水の話であった。 私は生れて一度も大水を見た事はない。 それだのにどうして世界中の滅びる様な洪水を想像出来様。 けれ共、大きな箱舟の中に牛・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・モスクワに鉄道従業員組合クラブがあり、そこの舞台は数多いソヴェト同盟の労働者クラブの中でも立派なものとされているが、そこより多数入れそうだ。私はぐるりと見まわしながら、「何人ぐらい入れるのでしょう」ときいた。「六百人はゆっくりで・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・愚か者がしらぬ間に犯した罪はさぞ数多いことでござりましょう。法王はやせて骨の目立つ手を老人の毛のうすい頭にのせて黙祷する。それから順々に二言三言感謝の言葉をのべるものや、中には狂的に法王の手を接吻したりさすったりして祈るものがあ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・彼女は、娘の時は父の為、成長してからは不平満々な良人の為、母となっては、数多い子供達の為に、自分のあらゆる希望要求を犠牲にしつくし、いつもおどおど労苦の絶えない女性でした。ロザリーが物心づいて第一に感じたのは、男の人と云うものは何と云う偉い・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・ると同時に、大革命時代に「没収されていた教会僧院の財産は勿論、或は分割され、或は競売に附せられた貴族の財産も亦今や嚮日とは比較にならない程数多い新所有者の手に帰したのである。従って金銭がブルジョア生活の動力となり、又同時に万人の渇望の対象と・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ ある日ゴーリキイがペテルブルグの数多い橋の一つを歩いていると、理髪屋風の男が二人づれでゴーリキイを追い越して行った。が、一人の方がびっくりしたように小声で仲間に云った。「見ろ、ゴーリキイだぜ!」 もう一人の男は立ちどまってゴー・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・ 図書館に勤めるようになった一人の若い作家志望の女が、その一見知識的らしい職業が、内実は無味乾燥で全く機械的な資本主義社会の経営事務であることを経験し、そこの官僚的運転の中で数多い若い男女の人間が血の気を失い、精神の弾力を失ってゆくのを・・・ 宮本百合子 「見落されている急所」
出典:青空文庫