・・・この間に桜の散っていること、鶺鴒の屋根へ来ること、射的に七円五十銭使ったこと、田舎芸者のこと、安来節芝居に驚いたこと、蕨狩りに行ったこと、消防の演習を見たこと、蟇口を落したことなどを記せる十数行それから次手に小説じみた事実談を一つ報告しまし・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・たとえば話を終る前に、こう云う数行をつけ加えるのである。――「保吉は母との問答の中にもう一つ重大な発見をした。それは誰も代赭色の海には、――人生に横わる代赭色の海にも目をつぶり易いと云うことである。」 けれどもこれは事実ではない。のみな・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ その次の『柵草紙』を見ると、イヤ書いた、書いた、僅か数行に足らない逸話の一節に対して百行以上の大反駁を加えた。要旨を掻摘むと、およそ弁論の雄というは無用の饒舌を弄する謂ではない、鴎外は無用の雑談冗弁をこそ好まないが、かつてザクセンの建・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・頓て浮世の隙が明いて、筐に遺る新聞の数行に、我軍死傷少なく、負傷者何名、志願兵イワーノフ戦死。いや、名前も出まいて。ただ一名戦死とばかりか。兵一名! 嗟矣彼の犬のようなものだな。 在りし昔が顕然と目前に浮ぶ。これはズッと昔の事、尤もな、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・家のおきてになかりけり君死にたまふことなかれ××××××は戦ひに××××からは出でまさねかたみに人の血を流し獣の道に死ねよとは死ぬるを人のほまれとは 勝手に数行を引いたのであるが、××は筆者がした・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・書きだしの数行をそのまま消さずに置いたところからみても、すぐにそれと察しがつく筈である。しかもその数行を、ゆるがぬ自負を持つなどという金色の鎖でもって読者の胸にむすびつけて置いたことは、これこそなかなかの手管でもあろう。事実、私は返るつもり・・・ 太宰治 「玩具」
・・・にいたるこの数行の文章は、日本紙に一字一字、ていねいに毛筆でもって書きしたためられ、かれの書斎の硯箱のしたに隠されていたものである。案ずるに、かれはこの数行の文章をかれ自身の履歴書の下書として書きはじめ、一、二行を書いているうちに、はや、か・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・これはたとえば数行のものであってもよいがともかくも内容のだいたいの筋書きができるのである。それをもう少し具体的な脚本すなわちシナリオに発展させる。しかしそれではまだすぐに撮影はできない。シナリオに従って精細な撮影台本が作られなければならない・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・が通っており、数行のレジュメで要約されるストーリーをもっている場合が多い。これに反して、中間的随筆は概してはっきりした「筋」をもたない場合が多い。しかし、この差別も実はそれほどはっきりしたものではなくて、創作欄にあるものでも、ほとんど内容的・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・以下の数行にあてはめて見るとなかなかの興味があるであろう。ありとあらゆる可能な態度のヴァリアチオンが列挙してあるので、それらの各種の代表者を現代の吾々の周囲から物色するとすぐにそれぞれの標本が見付かる、そうして最後に自分自身がやはりそのうち・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
出典:青空文庫