・・・「と云うと私がひどく邪推深いように聞えますが、これはその若い男の浅黒い顔だちが、妙に私の反感を買ったからで、どうも私とその男との間には、――あるいは私たちとその男との間には、始めからある敵意が纏綿しているような気がしたのです。ですからそ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 独逸に対する彼の敵意は勿論僕には痛切ではなかった。従って僕は彼の言葉に多少の反感の起るのを感じた。同時にまた酔の醒めて来るのも感じた。「僕はもう帰る。」「そうか? じゃ僕は……」「どこかこの近所へ沈んで行けよ。」 僕等・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・僕は勿論この芝居に、――或はこの芝居のかげになった、存外深いらしい彼等の敵意に好奇心を感ぜずにはいられなかった。「おい、何と言ったんだい?」「その人は誰の出迎いでもない、お母さんの出迎いに行ったんだと言うんだ。何、今ここにいる先生が・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・ 又 輿論の存在に価する理由は唯輿論を蹂躙する興味を与えることばかりである。 敵意 敵意は寒気と選ぶ所はない。適度に感ずる時は爽快であり、且又健康を保つ上には何びとにも絶対に必要である。 ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 保吉はこの宣教師に軽い敵意を感じたまま、ぼんやり空想に耽り出した。――大勢の小天使は宣教師のまわりに読書の平安を護っている。勿論異教徒たる乗客の中には一人も小天使の見えるものはいない。しかし五六人の小天使は鍔の広い帽子の上に、逆立ちを・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・僕は突然何ものかの僕に敵意を持っているのを感じ、電車線路の向うにある或カッフェへ避難することにした。 それは「避難」に違いなかった。僕はこのカッフェの薔薇色の壁に何か平和に近いものを感じ、一番奥のテエブルの前にやっと楽々と腰をおろした。・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・与十の妻は犬に出遇った猫のような敵意と落着きを以て彼れを見た。そして見つめたままで黙っていた。 仁右衛門は脂のつまった大きな眼を手の甲で子供らしくこすりながら、「俺らあすこの小屋さ来たもんだのし。乞食ではねえだよ」といってにこに・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 彼らは民衆を基礎として最後の革命を起こしたと称しているけれども、ロシアにおける民衆の大多数なる農民は、その恩恵から除外され、もしくはその恩恵に対して風馬牛であるか、敵意を持ってさえいるように報告されている。真個の第四階級から発しない思・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・でになりましても、途中、その同乗を求むるものをたって謝絶いたしますと、独占的ブルジョアの横暴ででもありますかのように、階級意識を刺戟しまして――土地が狭いもんですから――われわれをはじめ、お客様にも、敵意を持たれますというと、何かにつけて、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・激して忽ち腹心の門下や昵近の知友となったツモリに独りで定めてしまって同情や好意や推輓や斡旋を求めに行くと案外素気なく待遇われ、合力無心を乞う苦学生の如くに撃退されるので、昨の感激が消滅して幻滅を感じ、敵意を持たないまでも不満を抱き反感を持つ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
出典:青空文庫