・・・これでさえもこれほどなんだから左近右衛門の娘に衣類敷金までつけて人のほしがるのも尤である。此の娘は聟えらびの条件には、男がよくて姑がなくて同じ宗の法華で綺麗な商ばいの家へ行きたいと云って居る。千軒もあるのぞみ手を見定め聞定めした上でえりにえ・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・ いよ/\敷金切れ、滞納四ヵ月という処から家主との関係が断絶して、三百がやって来るようになってからも、もう一月程も経っていた。彼はこの種を蒔いたり植え替えたり縄を張ったり油粕までやって世話した甲斐もなく、一向に時が来ても葉や蔓ばかし馬鹿・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・それには友だちの一人と十五円ずつも出し合い、三十円ばかりの家を郊外のほうに借りて、自炊生活を始めたいと言い出した。敷金だけでも六十円はかかる。最初その相談が三郎からあった時に、私にはそれがお伽噺のようにしか思われなかった。 私は言った。・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・失礼なことだと思っている。敷金のことについて彼はこんなことを言った。「敷金は二つですか? そうですか。いいえ、失礼ですけれど、それでは五十円だけ納めさせていただきます。いいえ。私ども、持っていましたところで、使ってしまいます。あの、貯金・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 兎に角、いくら探しても適当な家がないので、仕方なく、まだ人の定らない、十番地の家にすることに決定して仕舞った。 敷金と、証文とをやり、八畳、六畳、三畳、三畳、台所、風呂場、其に十三四坪の小庭とが、我が家となったのである。 八月・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
出典:青空文庫