・・・ まだ誰も邦訳していないようだが、プロフェッサアという小説、作者は女のひと、別なもう一つの長篇小説で、なにかの文庫で日本にその名を紹介せられた筈であるが、その作者の名も、その長篇小説の名も、その文庫の名もすべて、いますぐ思い出せない。こ・・・ 太宰治 「音に就いて」
最初の創作集は「晩年」でした。昭和十一年に、砂子屋書房から出ました。初版は、五百部ぐらいだったでしょうか。はっきり覚えていません。その次が「虚構の彷徨」で新潮社。それから、版画荘文庫の「二十世紀旗手」これは絶版になったよう・・・ 太宰治 「私の著作集」
・・・石崖の上の端近く、一高の学生が一人あぐらをかいて上着を頭からすっぽりかぶって暑い日ざしをよけながら岩波文庫らしいものを読みふけっている。おそらく「千曲川のスケッチ」らしい。もう一度ああいう年ごろになってみたいといったような気もするのであった・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・「明治文庫」「文芸倶楽部」というような純文芸雑誌が現われて、露伴紅葉等多数の新しい作家があたかもプレヤデスの諸星のごとく輝き、山田美妙のごとき彗星が現われて消え、一葉女史をはじめて多数の閨秀作者が秋の野の草花のように咲きそろっていた。外国文・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・年の若い店員の間には文学熱が盛んで当時ほとんど唯一であったかと思われる青年文学雑誌「文庫」の作品の批評をしたりしたことであった。中でいちばん年とった純下町型のYどんは時々露骨に性的な話題を持ち出して若い文学少年たちから憤慨排斥された。夜の三・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・当時R研究所での仕事に聯関して金米糖の製法について色々知りたいと思っていたところへ、矢島理学士から、西鶴の『永代蔵』にその記事があるという注意を受けたので、早速岩波文庫でその条項を読んでみた。そのついでにこの書のその他の各条も読んでみるとな・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・それだのに今度新たに岩波文庫で読み返してみると、実に新鮮な記憶が残っていた。昔の先生の講義の口振り顔付きまでも思い出されるので驚いてしまった。「しろうるり」などという声が耳の中で響き、すまないことだが先生の顔がそのしろうるりに似て来るような・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・甥の家では「文庫」と「少国民」をとっていたのでこれで当時の少青年雑誌は全部見られたようなものである。そうして夜は皆で集まって読んだものの話しくらをするのであった。明治二十年代の田舎の冬の夜はかくしてグリムやアンデルセンでにぎやかにふけて行っ・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・ 岩波文庫の「仰臥漫録」を夏服のかくしに入れてある。電車の中でも時々読む。腰かけられない時は立ったままで読む。これを読んでいると暑さを忘れ距離を忘れる事ができる。「朝 ヌク飯三ワン 佃煮 梅干 牛乳一合ココア入リぐようなあさましい人・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・これに反して以前の窮屈な室へはいった時には、なんとなく学者の私有文庫を見せてもらうような気がした。これは、ある友人が評したように、つまり自分の頭が旧式であって、書物とその内容を普通の商品と同様に見なしうるほどに現代化し得ないためかもしれない・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
出典:青空文庫