・・・博文館が帝国文庫という総称の下に江戸時代の稗史小説の復刻をなし始めたのはその頃からであろう。わたくしは病床で『真書太閤記』を通読し、つづいて『水滸伝』、『西遊記』、『演義三国志』のような浩澣な冊子をよんだことを記憶している。病中でも少年の時・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・という世界的な名著をもっていて、それはやはり神近さんが訳して岩波文庫に二冊で出ている。 コフマンの目ざすところは「何でも必要な事実だけ、科学的な事実だけをそれもなるべく早く知らせてそれに子供たちの興味を起させ、その興味の成長によって大き・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
岩波文庫『魯迅選集』とパアル・バックの『分裂せる家』魯迅という作家が支那の一九二四・五年からの八九年間に亙る急激な社会的推移の間で、この作家の偉大な特質である人間的正義感と民族解放の慾求とをどう成長させたかと云う点で、こ・・・ 宮本百合子 「カレント・ブックス」
・・・何々文庫と称する十銭二十銭のものにどれだけ劣るか分らない。 見た眼がいいものを――という気持の出版当事者も悪いが、又装幀を引受けた美術家なるものもあまりに盲目的である。芸術的良心を痲痺させてしまって出版業者に動員されて、てんから恥ない所・・・ 宮本百合子 「業者と美術家の覚醒を促す」
・・・ 春陽堂文庫に訳されているアルフォンス・ドーデの小説「ちび公」は苦難な少年の成長の過程を物語って私たちの心をうった物語である。南フランスから出て来たドーデが巴里でそのような可憐ないくつかの小説を書きはじめた時分、小さな一人の男の子が書斎・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・『人民文庫』の人々の作品に共通な風俗描写の根柢にはこういう大衆というものの見方が横わっている次第である。徳川時代の文学作品のあるものは、一種の町人文学として当時の官学流の硬い文学、経綸文学に対立し、庶民の日暮しの胸算用、常識を鋭く見て、例え・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・のち『人民文庫』の編輯に力をつくされた。「白い壁」という小説は好評を博した。『人民文庫』は昨年の初めごろ急に廃刊されたが、そのことのうちにも、歴史の響きがこもっていた。 作家として「石狩川」をまとめて命を終られたことは或る意味で本懐・・・ 宮本百合子 「作家の死」
・・・母方の祖父の文庫もこの時完全に失われた。其故、この古家の古本に再び日の目を見せる気になった私の心持の底には、謂わば私心を脱した書籍愛好者魂とでも云うべきものが働いていなかったとは云えない。 慶応三年新彫、江戸開成所教授神田孝平訳の経済小・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・竹柏園文庫の『和漢船用集』を借覧するに、「おもて高く、とも、よこともにて、低く平らなるものなり」と言ってある。そして図にはさおで行る舟がかいてある。 徳川時代には京都の罪人が遠島を言い渡されると、高瀬舟で大阪へ回されたそうである。それを・・・ 森鴎外 「高瀬舟縁起」
・・・慶長四年の『孔子家語』、『六韜三略』の印行を初めとして、その後連年、『貞観政要』の刊行、古書の蒐集、駿府の文庫創設、江戸城内の文庫創設、金沢文庫の書籍の保存などに努めた。そうして慶長十二年には、ついに林羅山を召し抱えるに至った。家康がキリシ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫