・・・主意は泰西の理学とシナの道徳と並び行なうべからざるの理を述ぶるにあり。文辞活動。比喩艶絶。これを一読するに、温乎として春風のごとく、これを再読するに、凜乎として秋霜のごとし。ここにおいて、余初めて君また文壇の人たるを知る。 今この夏、ま・・・ 田口卯吉 「将来の日本」
・・・ この文辞の間にはラスキンの癇癪から出た皮肉も交じってはいるが、ともかくもある意味ではやはり思想上の浅草紙の弁護のようにも思われる。 エマーソンとラスキンの言葉を加えて二で割って、もう一遍これを現在のある過激な思想で割るとどうなるだ・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・そしてそれは死生の境に出入する大患と、なんらかの点において非凡な人間との偶然な結合によってのみ始めて生じうる文辞の宝玉であるからであろう。 岩波文庫の「仰臥漫録」を夏服のかくしに入れてある。電車の中でも時々読む。腰かけられない時は立った・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・ 江戸時代にあって、為永春水その年五十を越えて『梅見の船』を脱稿し、柳亭種彦六十に至ってなお『田舎源氏』の艶史を作るに倦まなかったのは、啻にその文辞の才能くこれをなさしめたばかりではなかろう。 四 築地本願寺・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ 自分はもしかの形式美の詩人テオフィル・ゴオチエエが凡そ美しき宇宙の現象にして文辞を以ていい現わせないものはないといったように、詞藻の豊富に対して驚くべき自信を持っていたなら、自分は余す処なく霊廟の柱や扉の彫刻と天井や襖の絵画の一ツ一ツ・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・すこぶる精微を極め、文辞また婉宕なり。大いに世の佶屈難句なる者と科を異にし、読者をして覚えず快を称さしむ。君齢わずかに二十四、五。しかるに学殖の富衍なる、老師宿儒もいまだ及ぶに易からざるところのものあり。まことに畏敬すべきなり。およそ人の文・・・ 中江兆民 「将来の日本」
・・・動物学者は白い烏を見た以上は烏は黒いものなりとの定義を変ずる必要を認めねばならぬごとく、批評家もまた古来の法則に遵わざる、また過去の作中より挙げ尽したる評価的条項以外の条項を有する文辞に接せぬとは限らぬ。これに接したるとき、白い烏を烏と認む・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
出典:青空文庫